日本のお笑い界に「人権感覚」を求めることは、八百屋に魚を売れと言っているようなものです。

一つの番組だけ見て「人権意識」うんぬん言っても、何も変わらない気がする。
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私の大好きなダウンタウンの年末番組で、浜田雅功が黒人俳優を真似て顔を黒く塗ったことで「人権感覚がない」と批判が起こっている。米国に5年滞在したことのある私も、あのシーンを見て、これはまずいなと思ったが、普段あまりお笑いを見ない人が、あのシーンだけを取り上げて「人権感覚に欠ける」と批判しても、建設的な議論にはならないだろう。長年、日本のお笑い界を見ている人からすれば、「いやいや。もっとひどい人権侵害がこれまで放置されてきているのに、何を今さら」という感覚しかないからだ。

日本のお笑い界は、とても閉鎖的に映る。女性芸人は全体の1パーセント以下とも言われる男性社会。先輩を「兄さん」と呼ぶなど、厳しい上下関係。関西など特定の地域の人が大多数を占め、出身地域の多様性に乏しく、私が住む新潟出身者なんて、1000人に1人以下じゃないだろうか。そして、ほとんどが10代の頃からこの世界に入っており、他の世界を知らない人が多い。要するに、日本の笑いはとても閉鎖的な空間から消費されてきた歴史があり、それ自体に改革が起きない限り、一つの番組だけ見て「人権意識」うんぬん言っても、何も変わらない気がする。

私は芸人さんの人を引き込む話術が大好きで、よく動画を見るが、結構な頻度で、人権意識の低さに背筋が凍りつく場面がある。同番組での、黒人差別はこれが初めてじゃない。

2003年版では、出演者が旅館で夕食を食べた後、「板長が挨拶に参ります」と告げられ、出てきた板長が背の高い黒人で、それに出演者が大笑いした。おそらく、芸人の人たちは、十数年前からアフリカでも日本料理がブームで、日本料理店の板前になるために必死に努力する多くのアフリカ人の若者の姿を知らないのだろう。

こんなのはまだいい方だ。過去には同番組で浜田が女性芸人の胸を鷲掴みにするシーンがあった。タイガーウッズの不倫が世界を騒がせていた時、「人志松本のゆるせない話」という番組で相方の松本が「男は誰でも浮気します!」と言い、その考えを定着させるため「男は一致団結すべき」とまで言っている。

人を叩いたり蹴ったりする暴力が容認されるという面でも、日本のお笑い界は世界でもとても珍しい空間だ。私は15歳で渡米し、浜田が松本を叩くように、向こうの同級生の頭を親しみを込めて叩いたら、激怒された。が、友人に突っ込むことがすでに習慣付いていたため、この癖を完全に治すまでに数年かかった。

人権意識に欠いた「笑い」を消費してきたのは私たち視聴者であり、それがなければ、ダウンタウンがこんなに長くお笑い界のトップに君臨し続けることなんてありえなかった。彼らだって、「これまでずっと野菜だけ買い続けてきたのに、突然、魚が欲しいと言われても困ります」って感じだろう。人権感覚溢れた笑いを私たちが求めるのなら、今回に限らず、継続して、彼らの人権感覚に欠いた言動に対し、声を上げていくしかないだろう。