「仲良し夫婦ごっこ」でも気持ちは上がる。伊藤理佐さんが「小さいことや、くだらないこと」を漫画にし続ける理由

約20年続いたシリーズの続編『おいおいピータン!!』1巻が発売された。クスっと笑える日常を描き続ける漫画は、日常って悪くないかも、愛おしいかも、というような気づきをくれる。
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伊藤理佐さん
Junichi Shibuya

「小さければ小さいことほど面白い」。そう話すのは漫画家の伊藤理佐さんだ。

恋と食をテーマに雑誌『Kiss』で約20年連載されたオムニバス漫画『おいピータン!!』の続編となる『おいおいピータン!!』1巻が、このたび発売された。

物語の主人公は会社員の大森さん(通称ピータン)。メガネとくるんくるんの髪型がトレードマークで、『おいピータン!!』時代には恋人だった同僚の渡辺さんと結婚。二人は猫をかわいがり、二人で囲む食卓を楽しみながら、ほっこりと生活を続けている。

シリーズでは大森さんと同僚、近所の人たちの日常を描いてきた。大きな事件は起きない。起きるとしても、「一度だけ行ったおいしい中華の店を探してさまよう」とか「自分が買ってきたお土産のお菓子が、職場で人気がない」など、読者にも身近なちょっとしたことだ。

でも、そんなクスッと笑えるちょっとしたことが、気付きをくれる。生活や日常って、悪くないかも、愛おしいかも、というような。

どうやって、こういう優しい物語が生まれるのだろうかーー。作品を読み続けてきた記者2人で、作者の伊藤理佐さんに会いにいった。

伊藤理佐(いとうりさ)さん

1969年生まれ。長野県原村出身。1987年、『おとうさんの休日』でデビュー。ハムスターが主人公の漫画『おるちゅばんエビちゅ』は大ヒットしアニメ化もされた。『おいピータン!!』で第29回講談社漫画賞。『おんなの窓』『おいピータン!!』などで第10回手塚治虫文化賞短編賞。2020年には、『おいおいピータン!!』1巻のほか、美容エッセイ漫画『それでも!女のはしょり道』、『おるちゅばんエビちゅ ちゅ~』1巻が出版された。

 

「寒いからラーメン」「二人で半分こ」ーー。食事をめぐる状況が好きなんです。

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伊藤理佐さん
Junichi Shibuya

ーーピータンに出てくるキャラクターたちが大好きです。大森さん、渡辺さんはもちろん、ほぼ全員がそっくりな「大森一家」、大森さんの元彼女で恋愛がうまくいかない陽子さん、大森さんの近所に住んでいる(とみられる)夫婦と一人娘マユさんなど。どの人生も愛おしいのですが、キャラクターごとに話を膨らませている感じなんでしょうか?

先にネタを考えてから、「誰にしようかな」とキャラを当てはめる感じで描いています。「お、ちょうどいいキャラがいたいた!」って(笑)。

ピータンが初めて登場したのは、別のタイトルの漫画だったんですよ。今では「いい人」ですけど、もう少しクセの強い人でした。飲食店でいつもピータン豆腐を注文するから、周りの客に「ピータン」とあだ名をつけられた。

今も私を担当してくれている講談社の編集者・鎌倉さんがそのキャラに注目して、私が漫画に「ごはん」をよく描いていたので、「『おいしい!』と『ピータン』で『おいピータン!!』で連載しようよ」と言ってくれて、始まりました。

開始当時、鎌倉さんには「レシピも書いて」って言われたんですけど、私はレシピにはそんなに興味がないので書きませんでした。食事をめぐる状況が好きなんです。「この時食べたから美味しい」「寒いからラーメン」「二人で半分こ」とか、“美味しい目”にあいたいんです。

 

ネタは、普段の暮らしのあっちゃこっちゃに落ちている

ーー確かにピータンでは、登場人物が “美味しい目” にあう場面が多いですよね。お気に入りのストーリーはありますか?

自分の漫画って、恥ずかしくて読みかえさないんですよね。記者さんが好きな話を聞いても良いですか?

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伊藤理佐さん
Junichi Shibuya

ーー『おいピータン!!』3巻に出てくる栗剥き機の話が好きです。イラストレーターの女性が「私にはイラスト以外何もない」と悩んでいた時に、栗剥きしかできない道具の便利さに、なんだか救われちゃう話でした。私も「できない」と悩んでいた時にあの話に出会って、心が軽くなりました。伊藤さんの漫画は、「いろんな人がいていい」って思わせてくれます。「こういう話をどうやって思いつくんだろう」と思いながら読んでます。(小西記者)

良いことを言ってくれますねー…!(喜&涙)。

昔は、自分の中からネタを絞り出しているつもりでした。いつからか、ネタは落ちているのを拾っている感じになった。普段の暮らしのあっちゃこっちゃに落ちていて、「お!汚いけど、洗って食べられるぞ!」みたいなイメージです。「小さく毎月拾う」という感じで描いています。

 

起きたら…「ゲラゲラ笑って うんこ お茶」とネタ帳に書いてあった

ーー拾う…というのはどういう感じでしょう?たとえば、『おいおいピータン!!』1巻に出てくる、大事な話をする時に口元にケーキのクリームをつける「文化」がある家族の話はどう思いついたんですか。

落ちてるんですよね、特に締め切りが近づくと(笑)。

あの家族の話は、娘が見ていたアニメにお菓子を作るシーンが出てきて、そこから思いつきました。それと、食事中の吉田さん(夫で漫画家の吉田戦車さん)の口元にご飯つぶがついてて、「面白いおじいちゃんだなあ。気がつかないのかな」と思ったことがつながった。

あれ、これは私についていて、吉田さんに言われたんだっけな。それとも夢だったかな…もう最近記憶が…。

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伊藤理佐さん
Junichi Shibuya

夢で見たことをメモするために、枕元にネタ帳を置いていた時期もありました。でもある日起きたら、「ゲラゲラ笑って うんこ お茶」って書いてあって、「えええー?!」って。何のことか全然覚えてないし、面白くもないし。くやしいから夢をメモするのはやめました。

今もネタ帳自体はつけてるけど、最近はネタの出典をメモするように気をつけています。ある日、吉田さんに話をしてたら、聞き終わった吉田さんが、「偉い!俺が教えた話を全部覚えてた!誇張もなかった!」って(笑)。誰に聞いたのか忘れるようになってきたので、出典メモは必須になりました。

 

「鎌倉さんも気づいてよ!もう私のことなんて愛してないんでしょ!」って(笑)

ほんと、色々と忘れっぽくなってきて、「いいこと思いついた!」ってネーム(漫画の大まかな構成を書いた下書きのこと)を2ページぐらい描いてから、「あ、前とそっくりなこと描いてる!」と気が付くこともあります。

鎌倉さんは同い年なんですけど、2人して昔のことを忘れがちなので、ネームを見た鎌倉さんが、「ここでテンポ悪くなってませんか?」と指摘して下さったのを確認したら、そこに私、昔のネームを挟んでたんですよ。

あの時は衝撃が走った。「鎌倉さんも気づいてよ!もう私のことなんて愛してないんでしょ!」って(笑)。「おいおい」じゃなくて「老老」コンビによる漫画になりつつあります。

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伊藤理佐さん
Junichi Shibuya

 

「ほれジョアだぞ」「レモンじゃ!ありがとう」とか言いあって

ーー家族との暮らしにも “落ちてる”んですね。オレンジページに連載されている4コマ漫画『おかあさんの扉』も大好きです。吉田さん(2007年結婚)、娘さん(2010年生まれ)との日常を温かく、クスッとした笑いを交えて描かれています。

吉田さんとは「仲良し夫婦ごっこ」をしている感じですね。お互い結婚は二回目だしね。「こう言ったら、相手が喜ぶんじゃねーの」と思うことをお互いにして、喜ばしあってる。コップ取ってあげたら嬉しそう、とか。「ほれジョアだぞ」「レモンじゃ!ありがとう」とか言いあって。こんなことで?っていうようなちょっとしたことだけど、気持ちは上がるし、相手が上がってるのも伝わってくる。

漫画を描いていると分かるんです。たった一言のセリフで、話があっちにもこっちにも行く。パターンが分かれるんです。現実でも、分かれ道になるのはちょっとした、小さなことなんだと思います。 

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伊藤理佐さん
Junichi Shibuya

それが分かっているから、ふざけつつ仲良しごっこをしているんですよね。新しい服を買ったり、どっかに出かけたりしなくても、ちょっとしたことで人の気分は上がるし、私も上げてもらいたい。普段、人と話している時も、「この人の上がっちゃうところはどこかな?」と妄想しながら、小さなネタを拾ってます。

吉田さんは、焼き芋をほぐす時は包丁で切らずに手で割って、「この方が湯気も出るし、おいしそうに見えるでしょ」と自慢げに言うんですよ。歳をとったせいか、こういう人で自分もありたいな、こういう生活をしたいなって思うんです。

……なのに、今日家を出る時に吉田さんに、「生協の注文しておいてよ。出かけるから!」ってきつく言っちゃったんですけどね(笑)。

 

柴犬が好きなので、「もう一回見たいな」と二度見したら…

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伊藤理佐さん
Junichi Shibuya

ーーピータンには、完璧な人もいないけど、完全に嫌な人も出てこない。どんな人にも「いい人」な面があります。「上がっちゃうところ」を探す話に通じる、伊藤さんの人の温かい部分を見つめる眼差しと作風がつながる気がします。

最近気がついたんですけど、私は「いい風に考えすぎる」くせがあるんですよ。

この前、横断歩道を渡ろうと思ったら柴犬がいたんです。柴犬が好きなので、「もう一回見たいな」と二度見したら、柴犬じゃなかったの!なんならブチ柄すらあったんですよ。柴犬に見たかったから、柴犬に見えた。そんなんばっかですよ。

人間関係でもそういうところがあるんです。三人姉妹の長女に生まれ、父親に溺愛されて育ったので、世間にも愛されてると思っていた(笑)。漫画家としても「私は歓迎されてデビューした」ってずっと思っていた。最近になって、デビューから30年以上経ってるわけですけど、当時の編集者さんに「嫌いな人も多い作風だなと思ってた」って言われて、「え〜!」って。

人から悪く思われていることに気がつかないんですよ。それはある意味、私に高慢な部分があるんだと思うし、誰かをイライラさせてきたと思う。

気付いてちょっとショックだったし、気をつけなきゃ…と思いつつ、ここまで来たら、自分の「いい風に考える」クセを生かすしかないと思いながら、ピータンを描き続けていこうかと。

 

「小さいことや、くだらないことを拾い続けて、丁寧に伝えたい」

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伊藤理佐さん
Junichi Shibuya

ーー生かして描くというのは、例えばどういうイメージでしょうか?

『おいピータン!!』で、“きちんとする人”を描いたことがありました(14巻)。雑談の中で「アボガド」と言った人に、「正しくはアボカドだよね?」と指摘せずにはいられない性格の人。

私はそういう人がちょっとだけ苦手なんですけど、でも漫画の中では、その人の旦那さんが、その人のそういうところを「面白いな」と思っていて大好きという設定にしました。

誰かが「疲れるな…」と思う部分を、違う視点から面白がってくれる人もいる。こういう関係、いいなぁって思うんですよ。そういうことをチマチマ描いていきたいんです。「こっちの意見でもいいんじゃない?」っていうイメージですかね。楽しい方がいいかなって。

昔は、大きなことを分かりやすく伝えたいと思っていたし、そういう仕事をしていると思っていた。でも今は、小さいことや、くだらないことを拾い続けて、8ページかけてゆっくり丁寧に伝えたい。

小さければ小さいほど面白いとすら思うようになりました。そういう仕事をしながら、歳をとりたい。かっこつけてるようですけど、そんな気がしていますね。

……って、この考えはラジオで聞いた意見を参考にしたんですけどね。ラジオで聞いて、「そうだ!その意見にしよ!」と思ったんです(笑)。

(湊彬子・小西和香/ハフポスト日本版)

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『おいおいピータン!!』1巻 伊藤理佐/講談社