カンボジア:32年目の独裁政権は国家を自由に動かす 最大野党の代表を逮捕&24年の歴史ある英字新聞を廃刊に

親交のある国同士だからこそ、指摘し合えることもあります。

2017年の今年は日本がカンボジアにPKOを派遣してから25年、

また、岸信介元総理がカンボジアを訪問してから60年という記念すべき年になります。

今まさにスタディーツアーでカンボジアを訪れている大学生や、

「カンボジアに行ったことがあるよ〜!」という皆さんも、

カンボジア国内において、ここ数日で起きたことを知っているだけで、

異なる視点からカンボジアという国を理解、発見、学びができるかもしれません。

ぜひ最後まで読んでみて下さい。

カンボジアの英字紙「カンボジア・デイリー」が廃刊に追い込まれた背景

2017年9月4日、カンボジアの英字紙「カンボジア・デイリー」が24年間の歴史に幕を閉じ、廃刊となりました。

その理由は、突如、政府から約7億円の税の支払い命令を受けたからです。

なぜ政府は、新聞社を閉鎖へと追い込んだのでしょうか。

それは間違いなく、政権の有利な態勢にしたいからに他なりません。

これまで30年以上も独裁を続けてきたフン・セン政権に対し、市民の我慢は限界に達しています。

4年前の総選挙で、野党が躍進し、与党は危機感を感じるようになりました。

そして、今年の6月に行われた地方選挙でも、野党は躍進しました。

これにより、来年の7月に行われる総選挙において、

なんとしてでも政権を死守したいフン・セン政権は、政府にとって不都合な人間を消し去り、

人々を恐怖で縛り付けています。

一市民でも、フン・セン首相をオンライン上で侮辱したら逮捕される、暗殺される事件が、

当たり前のように日々行われています。

日本に友好的なカンボジア・デイリー

「All the News without Fear or Favor」

恐れず、公平な報道を掲げ、

1993年、ニューズウィーク東京支局長を務めたアメリカ人ジャーナリストによって創刊されました。

そのため、日本とも関係が深く、カンボジアの英字新聞にも関わらず、

沖縄における米軍基地問題の記事と写真が、一面のトップページを飾ることもありました。

Descent into outright dictatorship.

(完全なる独裁政権に堕ちた)

こちらが最後の誌面です。カンボジア・デイリーのFacebook上に掲載されています。

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カンボジア・デイリー

「独裁政権なんだから仕方がないよね」で終わってしまう対話に、やりきれない違和感があります。

最大野党の党首が逮捕

「カンボジア・デイリー」最後の誌面のトップを飾ったのが、

国家反逆容疑により逮捕された最大野党の党首・ケム・ソカ氏です。

現地紙・プノンペンポストも大きく報じています。

前々からケム・ソカ氏の逮捕を伺っていたと言います。

前回の総選挙で大躍進の立役者で市民からの人気を誇る前党首のサム・レンシー氏も、

外国に滞在中、突如、国会議員の資格を剥奪、逮捕状を出され、

カンボジアに帰国することができなくなっています。

他にも、カンボジアで活動するアメリカのNGOが、活動停止、

アメリカ資本のラジオ局が、閉鎖に追い込まれるなど、

政権からの圧力が強まっています。

日本で例えるとするならば、安倍首相が、民進党新代表の前原さんを逮捕し、

政権に批判的な東京新聞を閉鎖に追い込むといったところでしょうか。

そんなことが起きれば、一部の日本人は、きっと狂ったように怒りますよね。

カンボジアの未来と日本の関係

ほとんど報道にはありませんでしたが、先月、フン・セン首相は日本に来日しました。

目的は、「北朝鮮への圧力強化を」ということでした。

北朝鮮とカンボジアは、前国王の時代から有効な関係を築いており、

今年も一部の有力者同士での会談が実現しています。

フン・セン首相に誕生日プレゼントとしてゴルフクラブをプレゼントした安倍首相にとって、

非常に重要な国なのです。

私もフン・セン首相に「来年の総選挙に向けて、策はあるか」と勇気を出して直接質問してみました。

すると、フン・セン首相は「勝ち負けではないのだ」と、何度も強調されていました。

果たしてこの言葉が真意かはわかりませんが、

「政権を続けるためには武力を惜しまない」「私たちが国を統治しなければ戦争が起きる」

というニュアンスの発言も飛び出しています。

約200万人の命を奪ったとされるポル・ポト大虐殺、

ポル・ポト政権後も、フン・セン首相が武力クーデターを起こし、内戦につながったとされています。

この国で生き残った人々は、生まれながらにして恐怖を植え付けられた人がたくさんいます。

政治への関心の高さは、地方選挙の投票率が90%を超えたことでもわかるでしょう。

ポル・ポト政権後、国際社会から支援によって、カンボジアは、復活を遂げました。

その支援は、何のためにあったのでしょうか。一部の有力者を肥やすためでしょうか。

国は大きく成長し、フン・セン首相は強いリーダーとも称されています。

しかし、市民の怒りは限界にきています。

最後になりますが、

日本は、1992年、カンボジアにPKOを派遣し、国づくりに貢献したものの、日本人が犠牲になりました。

当時のリアルな様子を浮かび上がらせた

日本と同じように、カンボジアも他の国の平和のためにPKOを派遣する国になりました。

しかし、悲しいことに、中央アフリカで死者が出てしまいました。

日本とカンボジア。

親交のある国同士だからこそ、指摘し合えることもあります。

私はこれからもカンボジアと向き合い続けていきたいと思います。