世界中から飢餓をなくす。「食料への権利」に基づくハンガー・フリー・ワールドの取り組みとは?

2030年はSDGsの達成目標の年となる。12年後には、次世代に引き継ぐことのできる世界になっているのか。
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SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の実現に向けて政策提言や広報活動、調査・研究などを実施している一般社団法人SDGs市民社会ネットワークには、83のNGOやNPO団体が加入。それぞれが専門とする分野に基づき、12のユニットに分かれて活動している。

この連載では、各ユニットから1団体ずつに、活動内容やSDGsとの関わりを伺う。第一回は、途上国の開発分野での政策提言を行う「開発ユニット」に所属しているハンガー・フリー・ワールドに話を聞いた。(ライター・松本麻美)

世界の人々の生活の基本となる「食料への権利」

国際協力NGO団体のハンガー・フリー・ワールドは、飢餓のない世界をつくることを目指している。活動拠点はバングラデシュとベナン、ブルキナファソ、ウガンダ、そして日本の5か国。「食料への権利」に対する認知の向上やその実現を、栄養改善、農業研修、協同組合支援、植林などを通じて行っている。「食料への権利」は、世界人権宣言に明記され、FAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations:国連食糧農業機関)でも特に力をいれている人権のひとつ。健康に生きるのに必要な食料を自分で手に入れる権利のことで、全ての人が生まれながらに持っているものだ。

「私たちの活動のゴールは、村の人たちが自ら食料を得、生きるために必要な栄養を十分に摂れるようになることです。例えば植林事業では、木を育てて果実を家庭で食べるだけでなく、収穫したものを販売して得た収入で、栄養バランスのよいほかの食材を買うことができるのです」

そう語るのは、米良彰子さん。米良さんは海外事業のマネージャーで、バングラデシュとアフリカ3か国の活動地域をめぐって、現地の職員と一緒に活動を進める。いずれも住民主体で取り組んでいるという。日本では、ネットワークを通じて政策提言を行っているほか、啓発活動や青少年育成も担当している。

そしてもうひとり、取材に同席いただいたのが、海外事業担当の佐藤唯さん。佐藤さんはこれまで国内での活動を担当していたが、今年4月から米良さん同様に、バングラデシュとアフリカ3か国の事業を担当することになった。

「海外の活動地には農業で生計を立てる方が多いのですが、読み書きや計算ができないと、例えば売買取引のときに損をしてしまうなど、生活に大きな支障が出てしまいます」

と佐藤さん。識字率の低いベナンでは、青少年や成人を対象にした識字教育事業を実施している。また、そこでは、読み書きと同時に、栄養知識なども教えている。日本ではあたりまえに教えられている栄養の知識も健康に暮らしていくには大切だ。

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【お二人の写真:キャプション】(左)米良彰子さん(右)佐藤唯さん
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「飢餓には、食べられない、つまり物理的に食料が手に入らない、ということのほかに、栄養の偏りが著しい、という問題もあります。栄養が偏って病気になったり肥満になったりしています」と米良さん。

「2004年に、食料への権利を実現するためのガイドラインがFAOから発表されました。それから14年経っていますが、その間にもその内容は少しずつ変化してきています」

2014年にはすでに、「適切な」という言葉が盛り込まれるようになっていたそうだ。そこには、必要カロリーだけでなく、栄養バランスを考えた摂取が必要、という意味合いも込められている。

「飢餓に対する正しい認識を広げるには、世界じゅうの一人ひとりに食料への権利というものは皆が生まれ持った権利であること、飢餓はその権利が侵されている状態で、当然変えていかなければならないということを知らせていく必要があります」、と米良さんは語ってくれた。権利であるからには、その実現のために責務を負う者が責任を果たさなくてはならないし、侵害されている人々は権利の実現を要求できるのだ。ハンガー・フリー・ワールドは、政府や企業、国際機関などに働きかけると同時に、地域の住民に、実現のために自ら立ち上がるよう支援している。

飢餓をなくすために国内外の若者たちも活躍

ハンガー・フリー・ワールドの活動は、「地域開発」「アドボカシー(政策提言)」「啓発活動」「青少年育成」、この4つが軸になっている。

日本での活動については、佐藤さんが話してくれた。

「日本では青少年育成の一環として、飢餓や世界の食料問題を知るためのファシリテーション研修を実施しています。参加対象は高校生と大学生で、研修後は他の人にも世界の飢餓や食料問題について多くの人に伝えることができるようになろう、という主旨で実施しています。昨年は、国際協力や国際問題に関心の高い学生が多く、中には静岡県から参加してくれた高校生もいました」

「この研修は今年で2年目になります。昨年度は11人が世界の食料問題の現状とファシリテーションスキルを学びました。国連が定めた10月16日の世界食料デーにちなんで、他のNGOや国連機関と協働で10月を「世界食料デー」月間として情報発信やイベントなどを行っているのですが、研修の参加者にもワークショップなどを通して食料問題を伝えてもらいました。その結果、ワークショップを通じて150人を超える方へさらに伝えることができ、少しずつですが、飢餓や食料問題に関心を持っている人が増えてきています」

その他、ワークショップやイベントなどを実施したり、15歳〜24歳を対象にした「ユース・エディング・ハンガー(YEH)」という青少年組織を支援している。愛知と筑波、山梨の大学生たちが中心となって、飢餓や食料問題について出張授業やワークショップを行っているという。

「学校を卒業した後にも継続して活動をしてくれているメンバーもいます。何か行動を起こしたいけれど何をしたら......と迷っている若者にどう働きかけをしたらよいのか、というのは、私たちの課題であり使命でもあるのです」

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Hunger Free World

一方、海外の4か国では、「地域開発」「アドボカシー(政策提言)」「啓発活動」「青少年育成」全てを実施している。

アフリカというと、経済的にも栄養も貧しく、紛争も絶えず起こっているイメージがある。だがそれは、もともと豊かだった土地に外から人が入ってきたことで起きてしまったことにより、できあがってしまった状況だ、と米良さん。

それでも現地コミュニティの人たちの現状を変えていこうとする意気込みは強いようだ。

「彼らは決して『かわいそうなぼくたち』と嘆いてはいません。自分たちでちゃんと変えていこう、という気持を持っている人がたくさんいます」

例えばウガンダでは、人口比率の高い青少年が農業の分野でビジネスを始めようとしている。

「ひとつの共同農場に4つ程の村から12、3人が集まってパッションフルーツを育てています。マーケティングを勉強して流通ルートを考えたりして、起業できるように動いています。彼らがパッションフルーツを選んだのも『市場で一番高く売れから』という理由から」

共同農場でノウハウを身に着けたら、農産物の種類が変わったとしても同じように展開できる。青少年たちが各村で伝えていけば、伝播していき、自ら食料への権利を実現できるようになるのだ。

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バングラデシュでは、「食料法」が作られる過程にある。

「法案が通ることによって、必要最低限の食料が国民に担保されることになります。法案への提言として、青少年による模擬国会を実施しているところです。青少年に議員役として模擬国会に出席してもらい、それぞれの地域で必要なものを議論してもらいます。各自が本当の出身地の代表を務めるため、実施の数か月前からは地域の状況をリサーチ。それが、自分の地域をより深く知り、課題を見出だし、解決のために何が必要かを知る機会にもなっているのです」

議論した結果は提言書にまとめ、実際に国の議員へ提出する。「食料への権利」を法制化するために、青少年の意見が直接国へ届けられている。

全世界の未来のためのSDGs

しかし、そもそもなぜ日本が開発途上国を支援しなければならないのか、疑問に思っている人も少なからずいるだろう。その疑問については、SDGsを入り口に考えるとわかりやすい、と米良さん。

SDGsとは、2015年に国連で採択された地球規模の課題の解決を目指す17のゴール。開発途上国だけでなく先進国の社会課題も含んだことで、全世界の共通目標として広がっている点が、前身であるMDGs(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標)とは大きく違う。

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この17ゴールのうち、ハンガー・フリー・ワールドと主に関連しているのは「2:飢餓をゼロに」「3:すべての人に健康と福祉を」「12:つくる責任、つかう責任」、そして「5:ジェンダー平等を実現しよう」。

飢餓のない世界をつくる団体、と一言に言ってもSDGsのゴールは絡み合っているのだ。「そういう目でみれば、団体の活動が当てはまらないゴールはないのではないのでしょうか」と佐藤さん。

SDGsについて米良さんはこう語る。

「SDGsをつくったとき、世界のリーダーはかなりの危機感を持っていたと思います。だからこそ世界を『変革する』という単語を使っている。小手先ではなく、根本から変えていく必要があるということではないでしょうか。つまり、"開発途上国の支援をする"だけではなく、先進国自ら変革を行わないと、今のままでは、世界全体の将来がなくなってしまうのです。

日本だけを見ても人口減少を原因とした労働力不足に対応するには、海外からの移住者を受け入れる必要が出てくる。食料の自給率だけでも、日本国内だけで成立させることはむずかしい。国の問題を世界規模で補い合うことは、解決と持続可能な社会の実現に必要なことなのだ。

「先ほどアフリカは豊かだ、と言いましたが」とさらに米良さんは続ける。「その豊かな資源を奪い合うのではなく、一人ひとりがより良い未来を築く努力をするほうがよっぽど良いのではないでしょうか?」。

社会課題への個人としての関わり方とは

飢餓という全世界の問題の解決のために、個人としてできることは何だろうか。アプローチの種類が増えれば関わり方も変わってくる。

密に関わりたい人は、定期的なボランティアやインターンという形で業務の一部を担うこともできる。その他、ハンガー・フリー・ワールドの活動説明会やイベントに参加するのも関わり方のひとつだ。

「例えば、当団体では、書き損じのはがきや切手を回収するキャンペーンを行っています。回収したものは仕分けして換金し、活動費に当てています。仕分け作業を手伝っていただくボランティアがあり、1時間や2時間でも気軽に参加してもらえます」と米良さん。

「先日新聞に取り上げていただいたときに、たくさんの人からメッセージをいただきました。そこに飾ってありますが、とても嬉しい出来事です」

そう言って佐藤さんが指し示したのは、事務所の一角。そこには、はがきや切手の回収キャンペーンについて書かれた新聞記事の切り抜きと、はがきと一緒に送られてきた手紙が貼ってあった。小学校の1クラス全員での寄せ書きや、達筆な字で応援メッセージを書き綴ったものなど。仕分けに参加するだけでなく、団体が集めているものを寄付するのも関わり方のひとつだ。

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他の団体でいえば、マラソンでのチャリティランナーなどのほか、社会課題をテーマにした映画の上映会を自主的にやるなど、方法は多様だ。

団体の企画に乗っても、自主的に開催しても、自分の好きなことの延長線で活動をすると長続きしやすい。

「一回で燃え尽きてしまうこともあるので、あまり自分でハードルを高くせずに、できるときにできるだけ関わる。それが長続きの秘訣。特に飢餓の問題は短期で終わるものではないので、できるだけ長続きするような方法を選んでもらえればと思います」

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最後に、ハンガー・フリー・ワールドの活動が終わるのは、どのような時なのか伺った。

「政策に食料への権利が組み込まれ、住民たちが自らの手で十分で適切な食料を得られるようになれば、私たちの活動は終わります。中期目標では、2020年までにはその基礎ができあがり、その後の10年以内に住民たちで事業を実施できるようになっているのが理想ですね」

2020年といえば、東京オリンピックの年。そして、2030年はSDGsの達成目標の年となる。12年後には、次世代に引き継ぐことのできる世界になっているのか。今が正念場だ。

ハンガー・フリー・ワールドHP:http://www.hungerfree.net/