新型コロナで「ゲテモノ禁止」の中国が抱える“大量失業問題” 「赤信号なのに補償なし」

ただでさえ新型コロナウイルスが経済に深刻なダメージを与えるなかで、野味問題を放置すれば、新たな貧困のタネとなりかねない。

中国のジビエ「野味」を社会から追放しようという動きが強まっている。

ジビエといってもワニや蛇、ハクビシンなどのいわゆる「ゲテモノ」を指すこともあり、新型コロナウイルスの感染が拡大した際には「原因ではないか」とも囁かれた。

しかし、中国では歴史のある産業なだけに、およそ1400万人が野味産業に関わるとされる。一気に野味を追放した場合、彼らの多くが失業するリスクも抱えている。

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漢方薬の材料を売る店舗(香港/2018年)
Getty Images

■伝統から「悪習」へ

「山で私たちが食べるのはキノコ、山菜、キクラゲだけ。野味はやめようぜ」現地の動画サイトにアップされたメッセージのなかでそう語るのは、東北部のテレビ局で司会者を務める王旭さん。動画には34万もの「いいね」が寄せられている。

中国で野味の追放ムードが高まったのは、新型コロナウイルスの感染拡大が大体的に報じられるようになった1月以降。

多数の関係者が感染した武漢市の水産市場で、野生動物が売られていたことが発覚し、感染の原因ではないかと疑われたからだ。実際に3月には、香港の研究チームがセンザンコウから新型コロナと遺伝子配列の似たウイルスを発見したと発表したが、ヒトに感染させたかはまだ分かっていない。

ただ、野味のイメージが悪化するには十分だったようで、中国ではメディアやSNSで「追放」キャンペーンが始まった。

中国ではもともと、栄養価が高いとされ漢方の材料などにも使われてきた経緯があるが、中国の国会に相当する全人代は2月24日、野味を「悪習」と断罪。野生動物の食用利用を禁止すると発表した。

その後、政府は豚や牛、ニワトリなどの家畜のほか、少数民族の生活に欠かせない鹿など31品目を除き、全ての野生動物の養殖などを禁止とする方針を示し、意見公募を始めた。これにより、センザンコウはもとより、孔雀やヤマアラシ、ハクビシン、それにコブラなどは交易できなくなる見込みだ。

また犬についても「文明の進歩によって、人類のパートナーとなった」と明記し、家畜扱いすることを禁じた。

ネット空間では、これを歓迎する声が多い。検索最大手の「百度」では「野味」と打ち込むと検索結果の最上部に「野味を拒絶して、家族の健康を守りましょう」と表示される。

SNSでも、「反野味キャンペーン」が始まったかのようにメディアが「やめよう」と呼びかけ、それに同調する声が溢れた。

ただ、中国ではもともと、一部を除き歓迎されない存在だったようだ。北京大学などの研究チームが10万人あまりを対象に、野味に対する意識を調べたところ、97%が「食べるのに反対だ」回答したという。

筆者は学生時代、上海で過ごしていた時期があるが、街中で野味を見かけることはなかった。広州市の市場で犬の丸焼きを見て驚いたことはある(愛犬家のためかなり気分は悪くなった)が、あまり一般的な存在ではない。

■産業に赤信号

2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)が中国で流行した際にも、ウイルスを媒介すると考えられた野生動物の取引は禁止されたが、のちに緩和された。野味追放が続けられるか、鍵の一つが仕事を失った人たちの行き先だ。

政府の研究機関「中国工程院」が2017年に発表したデータによると、野生動物の養殖業の生産総額は2016年時点で5206億元(7兆9000億円)ほどで、およそ1400万人が従事しているという。これは中国の労働人口の1.5%ほどにあたる計算だ。

彼らのうち、どの程度が違法となる動物を養殖しているかは不明だが、今回の政策決定で多くの失業者が出ることが予想される。

現地メディア「環球時報」は、これらの産業は貧しい地域に集中してきたと指摘したうえで、補償や転職のサポートについて「産業に赤信号が灯ったのに、政策はまだできていない」としている。

救済措置の遅れは、中国にとっても問題となる。中国政府は2020年に「貧困ゼロ」達成を掲げ、これまでに貧困層を551万人にまで減らしてきた。

2020年は達成をかけた一年。ただでさえ新型コロナウイルスが経済に深刻なダメージを与えるなかで、野味問題を放置すれば、新たな貧困のタネとなりかねない。

養殖業者の多い貴州省の幹部は、現地メディアの取材に対し「貧困地区の政府はもともと予算に余裕がなく、補償などの資金を捻出しづらい。国が明確な政策を打ち出して支援できるようにしてほしい」と話している。