ブッシュ元大統領が人生の最期に聴いた歌 ー “きよしこの夜”

いつかあなたの大切な人に死が迫ったとき、本人が音楽が好きな場合は音楽をかけてあげて欲しい。
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eamanver via Getty Images

数日前、日本からワシントンDCの自宅に帰宅した。時差ボケのまま犬の散歩に行くと、久々のワシントンDCの風は冷たく、クリスマスツリーの香りがした。議会議事堂前を通ったとき、風で大きく揺れるアメリカ国旗が目に入った。

1時間ほど散歩した後議会議事堂の前を通ると、国旗がハーフマスト(半旗)になっている。目の前のアメリカ議会図書館の国旗も同じくハーフマスト。さっきまで普通になっていたはずなのに......。誰か亡くなったのか、それともまた銃乱射事件でも起こったのだろうか。

家に帰りニュースを見て、ブッシュ元大統領の死を知った。享年94歳。今年の夏に奥さんのバーバラ氏が亡くなったので、彼も長くはないのではと多くの人は思っていたかもしれない。

ニューヨークタイムズの記事によれば、ブッシュ氏は亡くなる数日前から徐々に衰えていたらしい。亡くなった日のことも記事に書かれている。

その日、元国務長官のジェームス・ベイカー氏と、テナー歌手のローナン・タイナンがベッドサイドにいた。タイナンが「きよしこの夜」を唄うと、驚いたことにブッシュ氏は口を動かしたそう。遠くに住む家族が電話で「さようなら」を告げている間、ベイカー氏はブッシュ氏の足をさすり続けた。彼はそれから数時間後に亡くなったそうだ。

この話を聞いて、ある出来事を思い出した。クリスマスの前に亡くなったテレサというホスピス患者さんのことだ。彼女は大好きだった「きよしこの夜」を聴きながら、その最後のフレーズでゆっくりと大きく息を吸い、亡くなった。聴覚は最期まで残る感覚だということを私に教えてくれた、忘れられない患者さんだ。

あなたは大切な人とどのように時間を過ごすことが好きだろうか? 多分一緒に散歩したり、話をしたり、ご飯を食べたりしていると思う。そのような当たり前なことが、実は家族や友人との関係においてとても大切だということは、言うまでもない。

でも人は死が迫った時、そのようなことができなくなる。一緒に散歩することも、話すことも、食べることもできなくなる。そんなとき、どのように有意義な時間を過ごせばいいのだろうか?

ホスピスで働く音楽療法士として、私はこのテーマについて長年考えてきた。患者さんやご家族が教えてくれたことは、人生が終わる最期の瞬間まで愛情を表現したり、気持ちを共有することは可能だということ。そのひとつの方法として、音楽がある。もう最期が迫り、反応を示さない人でも聴覚は残っている。そして、触られた感覚も最期まで残る感覚と言われる。

いつかあなたの大切な人に死が迫ったとき、最期まで話しかけたり、手をさすったり、本人が音楽が好きな場合は音楽をかけたりしてあげて欲しい。

昨夜、犬の散歩中に議会議事堂前を通ると、いつになく重々しい雰囲気がした。黄色のテープで議事堂前の広場には行けないようになっており、沢山の車が止まっていた。そのひとつが、霊柩車のような形をした黒い車だった。おそらく、ブッシュ氏の遺体を運んでいるのだろうと思った。

アメリカでは大統領や有名な政治家が亡くなると、議会議事堂に遺体を安置させる伝統がある。ドームのちょうど真下にあたる広間に遺体を置き、敬意を払うのだ。

今朝のニュースで、ブッシュ大統領の遺体が彼の自宅のあるテキサスからワシントンDCに運ばれたことが報道された。遺体が専用機で運ばれたとき、介助犬のサリーも一緒だったらしく、棺に寄り添うサリーの写真がツイッターに投稿された。

ブッシュ元大統領の最後の言葉は、息子への「愛してるよ(I love you, too)」だったそうだ。彼の人生について私は詳しく知らないが、彼の最期を知ることでわかったことがひとつある。それは、彼が多くの人たち(&犬)に愛され生きた人だったということだ。

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(2018年12月3日「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)

佐藤由美子(さとう・ゆみこ)

ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院を卒業後、アメリカと日本のホスピスで音楽療法を実践。著書に『ラスト・ソング』『死に逝く人は何を想うのか』。