「北方領土は日本にとって必要なのか」日ロを読み解く7つの視点を専門家が激論

未来工学研究所の小泉悠研究員と産経新聞元モスクワ支局長の佐々木正明記者がゲスト出演
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会談後の共同発表で握手する安倍晋三首相(左)とプーチン大統領=1月22日、モスクワ
POOL New / Reuters

日本とロシアが抱える北方領土や平和条約の問題について、専門家らが議論するハフポストのインターネット番組「ハフトーク」が1月24日、生放送された。

安倍晋三首相とプーチン大統領の会談から2日後のタイミングとあって、出演者らは最新情報をもとに交渉結果などを分析。モスクワ在住のロシア人もスカイプで「出演」して持論を述べるなど、白熱した意見交換となった。

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北方領土問題で意見を交わす産経新聞の佐々木正明記者(左)と未来工学研究所の小泉悠研究員(左から2人目)、ハフポスト日本版の竹下隆一郎編集長(左から3人目)、ハフポスト日本版の関根和弘記者=1月24日、東京
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出演したのは、産経新聞編集委員で元モスクワ支局長の佐々木正明記者とロシア軍事に詳しい小泉悠・未来工学研究所研究員。ハフポスト日本版の竹下隆一郎編集長が司会を務め、朝日新聞記者時代にモスクワ支局員だった関根和弘記者も同席した。

1. 日ロ首脳会談「成果」なし

1月22日にモスクワであった日ロ首脳会談について、佐々木記者は「ロシア事情に詳しい人であれば、今の交渉の枠組みで4島や2島が戻ってくることはありえないと思っている」と断言した。

一方で、「近年だけでなく、ここ20年、30年というスパンを見ても、ここまで日本がロシアで語られることはなかった」とロシアでも注目されている現状を話した。

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佐々木正明氏。産経新聞社会部編集委員。神戸総局、大阪本社社会部、モスクワ支局長などをへて現職。日ロ関係のほか、フィギュアスケートや、捕鯨問題などが専門。著書に「シー・シェパードの正体」
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小泉氏は「成果がないことが問題というよりは、だいぶロシア側のペースになってしまい、最終的に歯舞、色丹の主権も放棄させられそうな雰囲気になっている。変な進展をしていることが問題」と分析した。

その上で小泉氏は、日本が中国への警戒感からロシアに接近していることをロシア側も察知しているとし、「西側との関係が悪くなる中で、ロシアはますます中国との関係を重視せざるを得なくなっている。そんな中、日ロがお互いの共通の利益のために歩み寄って、島の問題も仲良く解決しましょうとなるのか」と疑問を呈した。

2. ミサイル防衛への懸念は「言いがかり」

小泉氏は安全保障の観点からもこの問題に言及した。アメリカが日本に配備を計画しているミサイル防衛システムが平和条約交渉の障害になっている、とのロシアの主張について、「ロシアがミサイルをアメリカに向ける場合、地球儀で見れば北に飛ばす。南の日本に防衛ミサイルがあっても危ないわけがない。ロシア側のほぼ言いがかり」との見方を示した。

一方で、「北方領土の内側にあるオホーツク海には、核ミサイルを積んだロシアの原子力潜水艦が潜航している。それを守るという意味で、北方領土の軍事的価値は高い」と述べた。

それでも「これを理由にロシアは『島は簡単に返せない』と言うが、交渉戦術という側面が大きいと思う」とした。

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小泉悠氏。未来工学研究所研究員で、ロシア軍事研究家。早稲田大学大学院政治学研究科修了後、外務省国際情報統括官組織専門分析員やロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員などをへて現職。著書に「軍事大国ロシア」「プーチンの国家戦略」など
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3. ロシア化する北方4島

番組では、日本人の高校生らが「ビザなし交流」で北方領土を訪問した際の動画を紹介した。

北方4島のうち最大の島、択捉島を訪れた女子生徒が「ロシア人も普通に暮らしている。切なくなりました。返してもらうとなったら、今度はロシア人が住むところを奪われることになる。逆転するだけで同じことをすることになってしまう」と複雑な胸中を明かした。

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択捉島の町並み
Sergei Krasnoukhov via Getty Images

別の男子高校生は「ロシア人もここがふるさとだという人も多い。ここに住んでいる人は何も悪くない。日ロがお互いを善悪つけることなく解決できないのか」と語った。

動画を撮影した関根記者は「島に一定年数住んだロシア人は、年金が上乗せされるなどのインセンティブがある」とロシア政府の定住政策を解説した。

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関根和弘記者。ハフポスト日本版記者。朝日新聞元モスクワ支局員。「ビザなし交流」で北方領土を訪れたことがあるほか、元島民らの取材にも取り組んだ
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4. 島だけでなく海も重要

小泉氏は北方領土の陸地部分だけでなく、周辺海域の重要さも指摘した。「歯舞、色丹は陸の面積でいうと北方領土全体の7%。でも排他的経済水域は20%とも言われている。2島が返ってくれば、経済的なメリットとしては相当大きい。根室の厳しい経済を考えれば、地元住民からみればめちゃくちゃうれしい」と話した。

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択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島からなる北方領土
外務省公式サイトより

5. 一般ロシア人の考え

番組の途中、モスクワ在住のロシア人男性、アンドレイ・スミルノフ氏がスカイプを通じて「出演」した。ロシアでもこの問題が盛んに報じられれているとし、「この問題はとても大事。戦後70年間も解決できないのはおかしい」と述べた。

一方で、島の主権については「戦争の結果だから間違いなくロシアの領土。いろんな政治的な理由をつけても、戦争のときはソ連(ロシア)は強かったので、占領した。それが現実」と話した。

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アンドレイ・スミルノフ氏
Andrey Smirnov

日本に対するロシア人の感情については「ソ連時代を通じてとても尊敬している。電気製品、テクノロジー。日本は先進国で優秀な国。仲良くしたほうがいいと思っている。文化にも興味があり、芥川龍之介はみんな知っている。若者はアニメと漫画に興味がある」と述べた。

北方領土を日本に引き渡すことについては、「ロシア人は基本的には反対。しかし、日本がまず戦争の結果を認めて、1956年の日ソ共同宣言に基づいて交渉を続けたら、2つの島を返すか、あるいは共同開発するかの可能性は高いと思う」と推測した。

ただ、佐々木氏は、ロシアの世論調査で「日本文化に興味がある」と答えた人は14%だったとする結果を紹介し、「日本人はまだ『レアキャラ』なんです」と指摘した。

6. カギを握るのはマサル?

プーチン大統領は6月に大阪で予定されている主要20カ国・地域首脳会議(G20)サミットに出席するため、来日するとされている。

このときに合わせて、ロシアのフィギュアスケート選手、アリーナ・ザギトワさんの愛犬で、日本から贈られた秋田犬マサルが「来日」する、と佐々木氏は予測する。

「マサルはプーチン大統領と一緒にやって来る。日ロ関係の『キードッグ』になる」。佐々木氏がそう断言すると、小泉氏は「マサルのことは盲点でした。どう研究したらいいのだろう」と述べ、スタジオの笑いを誘った。

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秋田犬のマサルを抱っこするアリーナ・ザギトワ選手=2018年5月26日、モスクワ
ALEXANDER ZEMLIANICHENKO via Getty Images

7. 北方領土は必要?

番組の最後、竹下編集長があえて「北方4島は日本に必要なのか」と質問した。

佐々木氏は「誰にとって必要か、ということ。日本の歴史にとってなのか、中国や韓国との関係においてなのか。あるいは元島民にとってなのか。思いはそれぞれ違うと思う」と指摘した。

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竹下隆一郎氏。ハフポスト日本版編集長。朝日新聞経済部や新規事業開発を担う「メディアラボ」などをへて現職
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小泉氏は「経済的に『窒息』しかかっている根室にとっては必要だ。でも日本全体にとっては、北海道の道東でさえ維持できないのに、経済的メリットが大きいとは思わない」と述べた。

その上で、「忘れていけないのは、北方領土交渉というのは島の地面とか海域を使わせてもらう交渉ではなかったはず。第2次世界大戦の後始末として国境線を確定し、ソ連にやられたことはやられたこととして主張する、という問題だったはず。仮に北方領土の利用価値がなかったとしても、それと日本政府が主張の旗を降ろすこととは区別して考えなければならない。逆に島の利用権が返ってこなくても、島の主権だけは認めさせるとか。本筋を忘れてはいけない」とくぎを指した。

関根記者は「戦後70年以上この問題は続いており、ロシア人にとってもこの島はふるさと。もちろん、日本人の元島民にとってもふるさと。これだけやって折り合えないのであれば、それを逆手に取って日ロ友好のシンボルのようなものにできないか。一例として言われたのが『混住』。日本人とロシア人が一緒に暮らすということ。ただ難しいのは、主権というのは国対国の問題になってしまう。それでも当事者であるはずの元島民や現島民の思いができるだけ反映されるような解決であって欲しい」と期待した。