【特別対談】「韓国」「北朝鮮」との「向き合い方」(2)--小此木政夫、平井久志

「なぜそこまで北朝鮮の体制が強靭なのか」

小此木政夫:なぜそこまで北朝鮮の体制が強靭なのか。その1つの理由は、北朝鮮という国家は、東ドイツや南ベトナムとは違うからだと、私は思いますよ。

なぜ南ベトナムは敗れたのか。フランスやアメリカは一所懸命に支えたが、南ベトナムには国家的な正統性が薄弱だったからです。北ベトナムは抗仏戦争の歴史や「ホー・チ・ミン」という独立の父を持っていた。

言い換えれば、ある種の正統性原理を持った国家であった。それに対して、南ベトナムはフランスが旧皇帝バオダイを引っ張り出した国ですからね。その後を継いだのが、カトリック教徒のゴ・ジン・ジェム政権でした。これではダメですね。

東ドイツの場合は、ウルブリヒトやホーネッカーが政権を担いました。彼らはモスクワで養成された共産主義者たちです。ドイツ人にとってみれば、どう見ても傀儡政権ですよ。正統性がありませんでした。

戦前の天皇制をモデルに

小此木:ところが、北朝鮮は日本人が考えているよりも、彼らなりの「正統性原理」を持っている。

確かに韓国には「3.1独立運動」(編集部注:1919年3月1日、日本統治下の朝鮮で起きた独立運動)以来の歴史、すなわち上海と重慶の臨時政府、李承晩(イ・スンマン)大統領や金九(キム・グ)主席の独立運動の歴史があるが、北朝鮮もそれなりの歴史を持っている。

その最も重要な部分が、1930年代後半に満州で展開された抗日武装闘争、とくに金日成(キム・イルソン)によるパルチザン闘争です。

金日成の運動は、要するに、東満州に解放区を作ることでした。それを根拠地にして、朝鮮本国に浸透しようとしたのです。そのゲリラ戦は結局、失敗に終わり、日米開戦の前に、金日成は少数の隊員と共にシベリアに逃れました。1940年10月のことです。しかし、それがある種の建国神話になっています。

もちろん、大きな脚色がありますよ。最後には、金日成に率いられた朝鮮人民革命軍が、ソ連軍と共同で対日作戦を実施して、祖国に凱旋したことになっている。

しかし、この建国神話が子供たちに教えられている。その子供たちが親になり、また子供たちに教えている。

平井久志:北朝鮮は非常に驚異的なシステムの国だと思うんです。1つは、スターリニズムというか、体制が非常にしっかりしている。

そこに加えて小此木さんが今言われた、建国神話に似た金日成神話というものがあって、日本の天皇制と似たような、一種の精神的な結合性みたいなものを国民に作っている。

たとえば日本人にとって一番理解しやすいと思うのは、日本がもしアメリカと戦争していなかったら、当時の天皇制は崩壊しただろうか、というイフです。

小此木:戦前の天皇制ね。

平井:戦前の天皇制に、一部の人たちは抵抗したかもしれないけれども、本当に天皇制を転覆するような力量が、日本社会の中にあったのかというと、きわめて否定的に考えざるを得ないんです。

そうすると北朝鮮という国が、内部的に崩壊していくというのは、そうしたイデオロギー的な、日本の天皇制に近いような支配構造と、社会主義的なスターリニズム体質とを非常に長年にわたって構築してきた社会が、そんなに簡単に壊れるとはちょっと思えない。

それが本当に一番わかるのは、日本人じゃないのかなと思うんですけど。

小此木:日本人は嫌がるだろうけど、彼らのモデルの1つは、戦前の天皇制でしょうね。だから、金正日(キム・ジョンイル)はちゃんと白馬にまたがっていた。

そもそも、北朝鮮の指導者も国民も、民主主義を知らない。日本の軍国主義、ソ連のスターリン主義、そして中国の大衆動員方式がモデルになりました。

金日成の「正統性」

小此木:日本人は金日成について過小評価しています。それは間違いです。少なくとも建国神話の当時、彼は革命家であり、愛国者でした。しかも、優秀な指揮官でした。先輩、同僚の多くは戦死するか、病死するか、あるいは投降するかでした。

追撃する日本の軍警中隊を待ち伏せて、全滅させるようなこともありました。シベリアで極東ソ連軍の偵察要員として訓練され、最後には60人ぐらいの部下を連れて、1945年9月に海路で元山に帰りました。

もちろん、日本の敗戦の原因を作ったわけではありません。その武装闘争は真珠湾攻撃以前に終わっていました。戦後、彼はソ連軍の北朝鮮占領に協力し、そして権力闘争を勝ち抜いて、政権の首班の座についたのです。

それでも、これほど勇敢に、銃を持って日本軍と戦った指導者はいませんでした。建国神話の材料としてはこれで充分でした。彼に匹敵するのは伊藤博文を暗殺した安重根(アン・ジュングン)くらいでしょう。しかし、安重根には「その後」がなかった。

平井:政権の正統性ということに関して言えば、韓国の人にそういう意味でのコンプレックスがある。

北の方が正統なんだというコンプレックスですね。韓国の「解放」が、自分たちの力で勝ち取ったものではありませんから。

北も、ソ連の侵攻によってできた国家ではあるんだけれども、ある種のコアな体験をやった実績というものがあるだけに、韓国の方はそれに比べて誰も戦ってないじゃないか、という話になるわけですよ。

小此木:だから朴槿恵(パク・クネ)前大統領は安重根を大事にし、ハルビンに記念碑を建てようとした。英雄の取り合いをして、「安重根は韓国の英雄だ」、と言ったのです。

ところが日本人はその「愛国競争」に関心がないから、あれは反日運動だろう、中韓の「反日共闘」だろうと見る。そうではなく、実は南北の「愛国競争」だった。

平井:朝鮮戦争が休戦して、休戦協定に書いてある通りに、中国軍は撤収するわけです。休戦協定に、外国軍は撤収しろということになっていますから。ところが南では、在韓米軍がずっと居続けるという状況です。

建国の時期はソ連に大きく依拠し、朝鮮戦争では中国軍のおかげで勝てたにもかかわらず、休戦したら中国軍を撤収させるわけですよね。

そういう経緯の中で、事大主義にならず、自身の権力のコアな部分を維持し続けて、影響力を作り上げていくというシステムが強まったのではないか、と思います。

小此木:北朝鮮側は、「韓国には米軍が駐留している。だから、韓国はアメリカの植民地だ」と主張できた。そのうえ、韓国の軍事政権の強権的な政策が、北朝鮮の主張を補強しました。

韓国に反米運動が起きたのは、1980年の光州事件(編集部注:全斗煥将軍のクーデターと金大中氏逮捕をきっかけに、学生による反クーデターデモが市民を交えた暴動に発展。政府はこれを鎮圧した)以後のことです。

そのころから世界で最も親米的だった韓国で、自発的に左翼・反米運動が発生した。民主主義を抑圧する朴正煕(パク・チョンヒ)や全斗煥(チョン・ドゥファン)よりも金日成の方が正しい、と考える「主思派」(主体思想グループ)の学生たちです。これは驚きでした。

「構成主義」思考の重要性

小此木:国際政治理論の教科書は、かつて、国家を主体(アクター)とし、パワーや国益を分析概念にするリアリズム、そしてそれを批判するリベラリズムについて記述しました。

しかし、最近では、それぞれの主体のアイデンティティや規範などに着目する構成主義(コンストラクティビズム)が注目されています。

構成主義の特徴は、それぞれの主体の歴史、地政学的条件、伝統文化、リーダーシップの特徴などに注目し、そこから主体の個性や行動様式を抽出しようとすることです。

北朝鮮の場合にも、王朝政治の伝統や文化、大国に囲まれる地政学的な条件、植民地支配と戦争の経験、個人独裁などに注目することなしに、政治の現状を分析できません。

朝鮮半島も、北朝鮮も、金正恩(キム・ジョンウン)党委員長も、相当に個性的な存在です。

平井:外部の人間が外部の価値観で北朝鮮を見てしまうということの限界性みたいなものが出ているでしょうね。

小此木:韓国にしても、われわれが理解できない部分があるじゃないですか。なぜあんなに市民運動が盛り上がって政権が倒れるのか、なぜいつまでも歴史にこだわるのか、とか。コンストラクティビズムの視点が必要です。

朝鮮半島の「不都合な真実」

小此木:朝鮮半島問題には、できればそれだけは認めたくないという「不都合な真実」がいくつかあります。

「戦争という手段に訴えない限り、もはや北朝鮮に核兵器やミサイルを放棄させることはできない」というのも、そのうちの1つです。

もちろん、その背後には、「戦争になれば、韓国だけでなく日本も大きな犠牲を被る」という「不都合」があります。

戦争できないのであれば、交渉するしかありません。しかし、トランプ大統領は「戦争ができない」ことを認めていません。

北朝鮮が非核化に向けた措置を取ることを、交渉のための前提条件にしています。しかし、北朝鮮の指導者がただちに核兵器やミサイルを放棄することは考えられません。それは「生き残り」のための手段です。

それが可能だと信じるのは、国際安全保障の論議に偏りすぎて、構成主義の視点を欠いているからです。

トランプ政権や安倍政権は、圧力を最大限に拡大すれば、体制崩壊を回避するために、北朝鮮が非核化措置をとるから、そのときに交渉に応じればよいと考えている。

しかし、核兵器やミサイル開発を放棄すれば、リビアのカダフィ政権のように、政権が転覆され、命を失うかもしれません。

だから、自らの安全が確保されると確信するまで、金正恩は絶対に核兵器やミサイルを放棄しません。生存のための条件が整ったときに、はじめて非核化があり得るのです。それが「リビアの教訓」です。

平井:そうだと思います。今ほとんどの人が、北朝鮮が自分から核を放棄することはありえないと思っているわけですよね。そうすると、戦争以外の方法では阻止できない。

しかし北朝鮮への軍事行動は、全面戦争に発展する危険性が極めて高いし、おそらく韓国はすさまじい被害を受けるわけで、現在の状況だと、とばっちりは日本にまで来るということを覚悟しなければいけない。

本当に軍事オプションを主張する人たちが、そういうことに対してちゃんと責任を負える立場で主張しているかどうか、きわめて疑問なわけですよ。

小此木:戦争の一歩手前までいかなければだめだ、という主張がありますが、北朝鮮のような瀬戸際政策の得意な国を相手にして、チキンゲームをするのはいかがなものでしょうか。向こうには失うものが何もありません。

「あってもなくても困る国」

平井:北朝鮮という国は、朝鮮戦争が休戦した1953年以降ずっと制裁下にあり、だからある意味で制裁慣れしている。

その中で、どうやって生き延びていくかをずっとやってきた国家ですから、ちょっと制裁が強まったくらいで倒れるというふうには思えない。

具体的な例で言えば、石油です。北朝鮮の経済が一番よかった時期は1980年代中ごろだったのですが、当時、年間200万トンの石油を消費していました。

ところが今、公式の統計として出てくるのは、100万もないんです。今の北朝鮮経済を支えるためには、少なくとも百数十万トンぐらいないともたないと思うんだけど、統計に出てくるのは、中国から原油を50万トンと、石油製品で数十万トン。

それにロシアが少し。足りない分は、中国やロシア、あるいは中東との密貿易も含めた非合法なルートで入っているとしか考えられないわけです。

制裁でほんとうに北朝鮮を圧迫しようとするなら、そういうルートを1つ1つ潰していかねばならず、実に長い時間がかかる。

そう考えると、経済制裁による圧力は一種の漢方療法的なやり方で、非常に時間がかかります。しかもいたちごっこのように、1つを潰せば、また新しいルートが作られるということが起きます。

だから、制裁をかければ北朝鮮が頭を下げて交渉に出てくるというパターンは考えにくいんです。

小此木:北朝鮮が崩壊しないいま1つの理由は、中国が、緩衝国家としての北朝鮮の存在を必要としているからです。北朝鮮がなくなれば、米韓同盟が鴨緑江まで前進して、中国は米国の軍事力と直接的に対峙しなければなりません。

北朝鮮がどんな国であっても、とにかく北朝鮮がそこにあってくれないと困るのです。もちろん米韓側は、北朝鮮の非軍事化を保証するかもしれませんが、中国としては安全保障を国際的な信義に委ねられません。

平井:北京にいるときに、ある中国の外交官としゃべっていて、彼が面白いことを言ったのをよく覚えています。「中国にとって北朝鮮という国は、あっても困りますけど、なくても困ります」。これは名言だなと思いましたね。

「長い物差し」で対応する中国

小此木:中国が主張する「3原則」というのは、まず最初に「朝鮮半島の平和と安定」。

平井:これが1番目ですね。

小此木:それから、第2に「半島の非核化」。そして3番目が「対話と協議による解決」でしたね。だから、中国が言う「半島の非核化」は、平和と安定を保証するためのもので、交渉と協議で問題を解決する、という意味ですね。

平井:中国人の物差しはすごく長いと思いますよ。2~3年のうちに非核化するなんてことを彼らは期待していない。

小此木:そうそう。

平井:北朝鮮の「改革開放」も、ゆるやかに少しずつ進んでいけばいい。方向性さえそちらを向いていればいいんだ、という考えです。

小此木:北朝鮮の開発している核ミサイルの照準が、中国に向いたらどうするのか、中国人はそれが心配ではないのか、という議論があるでしょう。それはその通りだと思います。

でも、不思議なことに、中国人はあまり心配していない。北朝鮮の体制を中国側から崩壊させるようなことは考えてない。だから、北朝鮮が怒って核ミサイルを中国に向けることはない。そう考えるのでしょうか。

平井:習近平国家主席が文在寅(ムン・ジェイン)大統領とドイツで最初の首脳会談をしたときに、習主席は「北朝鮮とは血盟関係でやってきた」と発言した。いろいろ変化はあったけれども、基本的には今もそうだと言っているわけです。

米朝間の緊張が高まっているこの状況下で、しかも7月4日に北朝鮮がICBM(大陸間弾道ミサイル)を撃った直後の首脳会談で、習近平がそんなことを言ってるわけですから、中国がそんなに強い対応に出てくるとはちょっと思えない。

小此木:アメリカが中国に対して、過剰に対北制裁を要求すると、米中関係が悪化して、中国はむしろ北朝鮮との関係を再強化するかもしれません。

ロシアを含めて冷戦時代の関係が復活する方向に動き出す可能性さえあります。

在韓米軍に高高度ミサイル防衛システム(THAAD)が配備されるのに、なぜ北朝鮮を捨てて韓国を助けなければならないのか、ということになってきますよ。(つづく)

小此木政夫

慶應義塾大学名誉教授、九州大学特任教授。1945年、群馬県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業、同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。法学博士(慶應義塾大学)。慶應義塾大学助教授、ハワイ大学朝鮮研究センター客員研究員、ジョージ・ワシントン大学中ソ研究所客員研究員などを経て、慶應義塾大学教授。慶應義塾大学地域研究センター所長、法学部長、法学研究科委員長を歴任した。専門は国際政治論、現代韓国朝鮮政治論。著書に『朝鮮戦争――米国の介入過程』(中央公論)、共著・編著に『日韓関係の争点』(藤原書店)、『朝鮮半島の秩序再編』(慶應義塾大学出版会)など多数。

平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2017年8月23日フォーサイトより転載)