寄稿 北朝鮮民衆を襲う放射能禍

吉州郡豊渓里の地下核実験場で実施された。

豊渓里(プンゲリ)地下核実験場の建設・整備

2006 年 10 月 2 日に始まる北朝鮮の核実験は、17年 9 月 3 日の第 6 回目に至るまで、吉州郡豊渓里の地下核実験場で実施された。17 年 4 月、自らの実体験や、父や核実験場関係者だった別の家族から聞いた話を基に、小説「豊渓里」を韓国で出版し、証言を始めた脱北者女性・金平岡氏がいる。彼女によると、「1970年代~90 年代、豊渓里等の山々で核関連施設の建設工

事に動員されたのは、山を越えた化成郡所在の「第 16号管理所(化成強制収容所)」の政治犯達約1万人である」云々。同所は収容所の中でも最も処遇が厳しい完全統制区域として悪名高く、金日成一族の世襲制に反撥した者や親日派、或いは「出身成分」が悪いと決めつけられた在日帰国者が家族ごと送り込まれた、とされている。

「北」の公共工事は機械に頼らぬ人海戦術が基本で、工事に関与する人員が多い。当然、工事関連情報が外部に漏出し易いはずである。ところが、関連情報漏出は皆無であり、政治犯達は動員されたが最後、収容所にも戻らず、文字通り姿を消したのである。彼らは工事の進捗状況に応じて動員され、事故や工事の節目で新旧交代が行われる都度、秘密保持の為、虐殺が繰り

返されたものと見られている。これを裏付ける証言者として、1995 年に脱北した

安明哲氏がいる。曰く、「16 号管理所、22 号管理所から政治犯が豊渓里地下核実験の建設に動員された。当該政治犯達は保安(秘密)維持の為に、全員が戻って来なかった」、「自分自身、92~94 年、22 号管理所の警備兵時代、毎年収容者を 200 名ずつ豊渓里に護送した。戻って来た政治犯は一人もいない」、更に「92~97 年、22 号管理所の警備兵であった同僚からも、『同管理所から毎年 200~300 名ずつ豊渓里に護送したが、戻って来た政治犯は一人もいない』と聞いた」などと証言している。

自然破壊と放射能流出

前出・金平岡氏によると、1970 年代半ばまでは、万塔山麓の豊渓里は南大川と長興川という 2 つの川が合流する自然豊かな地域だった、という。当時、林業を営む住人達や強制収容所は 1980 年代末までに移転させられ、住民の移転先と核実験場の間には、ロシアや東欧諸国出身の科学者が滞在する「研究者村」があった。しかしながら、ソ連・東欧諸国の国家崩壊と共に、外国人科学者・技術者達は去った。

今、豊渓里周辺では、累次の核実験によるものと思われる地下水の放射能汚染や、地下トンネルの崩落事故等による大気中への放射能漏れが報じられている。また、多くの住民の染色体異常、放射能起源の罹病率上昇、原因不詳の短命化、更には「肛門や性器のない」異常新生児の誕生等々が、吉州郡の住民から、韓国に定住した脱北者に伝えられている。(韓国の NGO「北朝鮮人権第3の道」金煕泰氏の情報)

全国のウラン鉱山では、不十分な防護服や採鉱装備・設備の為、採鉱夫達の健康被害が続発している可能性がある。更に、全国のウラン工場では、ウラニウムの生成や濃縮の過程で、同様の被害が、勤労する人々の無自覚の内に大量発生している可能性がある。

米ソ核競争の跡

1946 年 7 月~58 年 7 月の 12 年間、米国は合計67 回の核実験を中部太平洋マーシャル諸島のビキ

ニ・エニウェトク環礁で行った。中でも、54 年 3 月 1日、広島型原爆の1千倍の威力をもつ 15 メガトンの水爆「ブラボー」の核実験の際には、付近で操業中のマグロ漁船約1千隻が被曝し、広島、長崎に次ぐ「3度目の核惨事」として、「第5福竜丸事件」が発生した。米本土のネバダ核実験場は、嘗ては大気圏内核実験や地下核実験が実施されていたが、現在は臨界前核実験に限られている。

他方、1949 年 8 月~90 年 10 月の 41 年間、旧ソ連邦のカザフ共和国セミパラチンスク核実験場で実行された実験は 467 回に及ぶ。1961 年 10 月 30 日、「ツァーリ・ボンベ」と称される世界最大 50 メガトンの核出力をもつウルトラ水爆が人類の前に登場した。

何れも近隣住民や臨場の兵士達に深刻な健康障害をもたらし、幸いにして今も生き永らえている被曝者達に対し、今後の不安を掻き立てている。

放射能禍に晒される「北」の一般民衆

広大な太平洋、砂漠、草原地帯といった前記の巨大核実験場に較べ、「北」の実験場は、人口過疎地とは言え、余りにも狭小である。それでなくとも、人間の目には見えない放射能の脅威や不安が将来に亘って永続しているのに、独裁体制の「北」では、住民の保護、防護策は殆ど取られていないのに等しい。同じ独裁国家の中国ですら、「北」からの中国東北部への放射能禍の波及に、今、真剣に対峙しようとしている。

例え、核爆発を地下に閉じ込めようとする地下核実験であっても、放射能は地下水への混入、空中への拡散を通して、必ず人体へ害を及ぼす。しかも、往々にして、余りにも深刻な害を。

原子力の平和利用ですら、我々人類に深刻な疑問を突きつけているのに、直接、人の大量殺戮を目的とする核兵器については、廃絶以外に何の選択肢が残されているというのであろうか?

(文/北朝鮮難民救援基金副理事長 田平啓剛/北朝鮮難民救援基金 NEWS Apr 2018 № 108より転載)

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