ウサイン・ボルト氏、求められた理想像「世界はロールモデルになれとプレッシャーをかけてくる」【インタビュー】

「注目を浴びるのは大変だった」。ハフポストのインタビューで、メンタルヘルスについて若いアスリートに伝えたいことを語りました。
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インタビューに応じるウサイン・ボルト氏
Rio hamada / Huffpost Japan

人類最速。

たったひとりにしか与えられない称号は、彼を偉大なアスリートにおしあげた。それは同時に、スポットライトから逃れられない生活も意味していた。

陸上のウサイン・ボルト氏は、トップアスリートとして駆け出したとき「注目されるのは大変だった」と明かす。 

それでも邁進できたのは、コーチの支えや言葉があったからだった。自身の経験を踏まえて若いアスリートに伝えたいことがある。

ハフポストなどのインタビューで、アスリートのメンタルヘルスや挑戦し続ける秘訣などを聞いた。

身体の健康とメンタルヘルス

近年のスポーツ界では、メンタルヘルスについての会話が増え、重要性が認識されるようになっている。身体と同じようにケアが必要なもの、という理解も進んでいるように思う。

運動はメンタルヘルスにも良いとされている。ボルト氏も元アスリートの立場から、身体のコンディションと心の状態の結びつきを感じている。

メンタルヘルスは間違いなくとても重要なことです。私にとって、長年にわたっていつも良いと感じていたことは、自分の身体の調子が最高に良い時はいつも、メンタル的にも準備できているということでした。

私はいつも友人たちに、身体が健康でない時は気分もあがらないと強調していました。身体がすこぶる調子が良い時は活力を感じ、エネルギッシュに世界を相手に戦うことができました。だから(心身ともに)健康でいることはとても重要なのです。

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2009年の世界選手権、男子100メートル決勝で9秒58の世界新記録で優勝したウサイン・ボルト(右、ジャマイカ)。左は2位のタイソン・ゲイ(アメリカ)(ドイツ・ベルリン)
時事通信社

現役時代、身体や心の休め方

ボルト氏は現役時代、常に勝負のプレッシャーや注目にさらされていた。

出場3種目(100メートル、200メートル、4x100メートルリレー)で、オリンピックで8冠、世界選手権で11冠を成し遂げた。

100メートルなどで世界新記録を叩き出した2008年北京オリンピック(9秒69)や2009年ベルリン世界選手権(9秒58)をはじめ、およそ10年にわたってトップに居続けた。

現役生活は多忙だったはずだ。長く活躍するために、身体や心を休める時間や方法はあったのか。

もちろんあります。私にとっての方法は、陸上以外でその時の自分が好きなことをただするというものでした。ドミノをしたり、友人と過ごしたり、シリーズやたくさんのスポーツを見たり。気分をすっきりさせるために、陸上以外の(やりたい)全てのことをするというものです。

たまの週末休みや休暇に、ただリラックスする。時には何もせず寝てただリラックスする。再スタートや準備を整えるのは大事なことだからです。

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ポーズを決めるウサイン・ボルト氏
Gallo Images via Getty Images

「注目を浴びるのはとても大変なことだった」

ここ数年、アスリートがメンタルヘルスを語るきっかけのひとつとなった人物が、テニスの大坂なおみ選手だ。

2021年の全仏オープンで、自身のメンタルヘルスを守るために記者会見をしないと表明し、議論を呼んだ。

数年前からうつを抱えてきたことがその理由だったと明かし、大会を途中棄権した。

同じ年の東京オリンピック。アメリカ体操界のスーパースターのシモーン・バイルス選手が、「心と体を守るため」に女子の団体決勝を棄権した

こうしたアスリートの表明や動きはどう映っているのか。ボルト氏は自身の体験とも重ねる。

大坂選手はとても若い時に(競技を)始めました。若い世代に伝えるのは、特にそうしたケースにおいては「有名になる」というライトのもとに押しやられることがある。そして、もしその準備ができていないと、メンタル面で大きな代償を払うことがあるということです。

なぜかって、世界はときに情け容赦ない場所で、うまくやるように、良い生活や人生を送るように、ロールモデルになるようにとプレッシャーをかけてくるのです。とても大きなプレッシャーです。

私はラッキーでした。自分が若いときに、コーチ(グレン・ミルズ氏)が私の腰を落ちつかせて、そのことを教えてくれました。そして、私はプロになったとき、トップレベルになるまでにしばらく時間がかかりました。

コーチは言いました。

「聞きなさい。あなたがその(トップ)レベルにたどり着いたら、とてつないプレッシャーが生じることになる」と。だから私はそのことを予期、覚悟していました。それでも当時、注目を浴びるのはとても大変なことでした。

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2012年のロンドンオリンピック
Stu Forster via Getty Images

「やってみなければ、何も成し遂げられない」

ボルト氏は、陸上界の歴代最高選手のひとりだ。成し遂げた功績や影響力を考えると、陸上界にいくらでもポストや機会はあるだろう。

だがボルト氏は、挑戦することをやめない。

2017年の陸上からの引退後、サッカー界に転身。ヨーロッパやオーストラリアに渡り、練習生として、夢だったプロサッカー選手を目指した。プロ入りは実現しなかったが、オファーしたチームもあったと報じられている

さらに近年は、楽曲のリリースやDJ活動など、音楽プロデューサーとしても活動している。

ひとつの分野でトップに登り詰めても、新しいフィールドに打って出ていく。その原動力は何か。

常にしたいと思ったことは何でもした。それが全てです。ひとりの人間として、何かしたいと思ったら挑戦する。なぜかというとやってみなければ何も成し遂げられないということを学んだからです。だから私はそのチャンスをつくるのです。

サッカーは、予定していた通りにはうまくいきませんでした。でも今は、音楽に熱中していて、とても楽しんでいます。軌道にも乗ってきていますし、時間をかけています。とてもいい時間を過ごしていて、音楽を楽しんでいます。

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オーストラリアのプロサッカークラブでテストマッチに臨むウサイン・ボルト氏(中央)
Icon Sportswire via Getty Images

記録が破られる日

ボルト氏は100メートル(9.58)、200メートル(19.19)、4x100メートル(36.84)の出場3種目全てで世界記録を保持している。いずれも10年以上破られていない。

2024年はパリオリンピックがある。ボルト氏自身が10数年前に挑み、成し遂げたように、記録が破られる日は来るのか。

私の記録はしばらくは居続けるでしょう。素晴らしい選手はいますが、彼らが今すぐその域にたどり着くとは思いません。将来誰かが現れるでしょうが、すぐではないことを願ってます。ですが、記録は破られるものです。

破られない記録はありません。私のキャリアを追っていくと、記録は決して私のもの(目標)ではありませんでした。

だから、自分の基準やスタンダードを設けました。優勝でした。私にとって、あらゆるトーナメントや選手権で金メダルを獲り続けることでした。10年ほどの期間に渡って独占し、世界に対して自分の実力や自分がベスト(1番)でいられることを示したのです。

だから高い基準やスタンダードを設ける。記録は破られるものなのですから。いずれ起こるでしょう。

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インタビューに応じるウサイン・ボルト氏
Rio Hamada / Huffpost Japan

現役復帰を考えたことがあった

ボルト氏は、2017年のロンドン世界選手権を最後に引退した。引退したアスリートがその後、現役復帰する例もある。ボルト氏の頭にもよぎったことがあった。

引退から2年後にありました。全てが恋しくなりました。コーチに「どう思う?」と聞いたら、彼は「NO」と言った。

なぜかって、私が引退する前、コーチが「よく聞いて、(引退は)本気か?」と言ったのを覚えています。私は今後コーチをしない。あなたは、引退を撤回し、ひどいことをするひとりにはならないように、と。

なぜなら多くのアスリートが、現役が恋しくなって、かつてと違う身体や心構えで戻ってくる。時に築き上げてきたものやレガシーを傷つけてしまう。私に関しては、コーチはそういうことはしないようにと言いました。私は彼を信頼していて、彼がNOと言った。それが全てです。

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コーチを務めたグレン・ミルズ氏(右)とウサイン・ボルト氏(左)
Julian Finney via Getty Images