8年間の不妊治療、「体の痛み」よりも響く「心の痛み」

私の心のかさぶたは、いまもその下はどこかジクジクしている。

不妊の検査や治療を受けたことのあるカップルは6組に1組といわれる日本。決して他人事ではない数字だが、不妊治療に関する情報はまだ広く一般に普及してるとはいえない。8年間の不妊治療を経験し2子の母となったライターの神田りさ子さんが伝える、その現実とは?

体の痛みよりも響く、「心の痛み」

「痛みを伴う治療もありますが、だから治療を諦めますという人はいません。治療を諦める人はもっと別の理由、むしろ心の痛みのほうだと思います」。

不妊治療の専門医であり、自身も不妊治療の経験がある医療法人オーク会の田口早桐先生に話を聞いたときに、そう語ってくれたのが印象的だった。私自身、8年間にわたる不妊治療を経て、その言葉に深く深く頷きたい。

通院の日々を思い返すと、胸が締め付けられるような思いがする。長い治療の中で受けた心の痛みは、いまもかさぶたになって残っているような気さえするのだ。

「先生、私にだって予定があるんです!」

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LeoPatrizi via Getty Images

前回前々回のブログでは、不妊治療における財布の痛みと体の痛みについて綴った。不妊治療は、特に体外受精以降の高度治療になると、金銭的、身体的な負担は決して少なくない。

加えて、不妊治療は時間的な制約もかなり大きい。私が最後まで通っていたクリニックは予約制だったが、それでも毎回のクリニックのドアをくぐって出るまでに、最低でも1時間以上、往復する時間までいれると3時間はかかっていた。さらに採卵や移植になると入院治療になり、半日程度かかることもある。

それを毎月5〜8回程度通院していた。一時は真剣に定期を買おうか計算したほど。「え、ずーっと通い続けるつもり?」と夫からのツッコミを受けて、妊娠できれば通う必要もないのだと、当然のことにハッと気付いたのだが......。

しかも不妊治療では「明日また来てください」とサラッと言われることもザラ。「私にだって予定があるんです!」と先生の首根っこをつかまえたくもなるが、当然医師の方だって、意地悪して言っているわけではない。

どんなに医療が進もうとも、排卵その他、女の体はスケジュール通りにはいかないのだ。こうなるともはや不妊治療は生活の一部、むしろ治療を軸にスケジュールを組むような生活になってくる。

特に移植や採卵といった動かしにくいスケジュールが入りそうなときは、仕事でも「ちょっとそのあたりは別件が入りそうで......」とモゴモゴ言って、極力スケジュールを空けるようにしていた。これは私に限った話ではないだろう。どんな治療を選択するかにもよるが、体外受精など高度治療になると、こうした治療に振り回される生活はごく一般的だ。

努力しても報われない日々の中で

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golibo via Getty Images

こうした金銭的、身体的、そして時間的負担を受けながら治療をすすめ、いざ迎える妊娠判定の日。心の中で「これだけやったのだから!」という声が響き、期待が高まる。

それでも私は悲しいかな、結果が出ない日々が続いた。受精卵の移植だけでも10回以上経験しているし、その前のタイミング法や人工授精も20回以上経験している。必死に妊娠検査薬をふってみたり、目を細めてみたり。それでも毎回妊娠検査薬は真っ白だった。

「ダメだったぁ......」。

トイレから出るたびに夫に涙を見せていたが、そのうち涙を見せることすらルーティーンになっているような気がした。

「努力すれば夢は叶う」——ポジティブなメッセージだが、不妊治療中の身には残酷な言葉だ。妊娠できないのは、努力が足りないから......!? 否、妊娠できるか否かは、結局のところ「運」が一番大きい。望んでも子供ができない人がいる一方で、望まない妊娠が多いのも、それを物語っている。

この「運」というのがくせ者だ。不妊治療を始めるまでは、仕事も人生も特につまづいた記憶もなく、(なぜ強運なのか理由をさらっと補足)自分はわりと強運な方だと思っていた。それが30歳すぎにして、「運が悪かったね、残念でした!」と告げられる日々。

それは自分に対する自信が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくような毎日だった。どうしてこんなことになってしまったんだろう? 私が何か悪いことでもした? 私の体はそんなにポンコツなの?——何度も自問自答を繰り返し、スマホで「不妊治療 失敗 原因」なんて言葉で検索しまくった。そしてこの世には努力しても報われないことがあると知った。できれば知りたくない、空しい学びではあったが。

それでも治療を諦めなかった、その先には......

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BERKO85

冒頭の田口先生の言葉のように、こうした心の痛みに耐えかねて、不妊治療を終結させる人がいるのは十分に理解できる。私自身、「やめたら楽になるだろうな」と思うことは何度もあった。

それでも治療をやめなかったのは、「諦めない心」とか「前向きな思い」とか、そんなステキなものではない。治療しなければ一生妊娠しないかもしれないという現実を、直視するのが怖かったのだ。

そうして8年。子供を授かったいまでも、「がんばって結果を出せた、バンザイ!」と喜ぶ気にはなれない。何度も挫折し、心に傷を受けた日々はまだどこか脳裏にこびりついていて、ふとした瞬間に思い出される。

「今後も何か私に不幸なことが起こるんじゃないか」とか、「子供たちは、ちゃんと育ってくれるんだろうか」とか。ふと不安にかられることがある。

そのたびに、ああ私の心は8年間にわたる治療の中で、本当にたくさん傷つき、そして自信を失ったんだなぁと、改めて思うのだ。

いまも引きずる「不妊」への思い、そしてその解決法

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FatCamera via Getty Images

だからこそ、定義的には「不妊」ではなくなった今も、長い間「不妊」だった日々が消えることはない。生殖医療に関するニュースは真っ先に目を通すし、不妊治療について綴ったサイトやブログなども目を通す。芸能人が高齢で妊娠・出産したニュースは目に入るし、ウォッチしていたブロガーが流産したという記事を読んだときには、自然と涙があふれてきた。

「月並みな言い方かもしれませんが、時間が解決してくれることもあるかもしれませんね」。

無事に出産した後も、自分が不妊であるという思いが抜けず、自信が回復しないと通っていたクリニックのカウンセラーさんに吐露したところ、そんな言葉が返ってきた。確かに月並みな言葉かもしれないが、ストンと腑に落ちた。

私の心のかさぶたは、いまもその下はどこかジクジクしている。それでも日は昇る。いまはただ、日々を精一杯過ごしていくのがいいのだろう。いつかかさぶたがキレイにはがれ、「不妊治療、すっごく大変だったんだから!」と語れる日がやってくることを期待しつつ。

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