外国からの安い労働力が支える、女性のワークライフバランスはありか?デンマークで話題

ワークライフバランスは、デンマークの大多数の人々にとって非常に重要なテーマであり、これを完全に個人の問題として扱うことはない。そして、そもそもこれは女性だけの問題でもない。
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Jose Luis Pelaez Inc via Getty Images

北欧といえば、ワークライフバランスが整い、ジェンダーギャップ指数でも常にトップの位置を占めているというイメージが、昨今の日本では定着してきているかもしれない。しかしワークライフバランスというのは、時代とともに勝手に整っていくのではなく、様々な立場の人が声をあげ、社会で議論し、そこに政治が介入するというプロセスを経て整えていくもの。今回は、クリスマスを目前にしてその一端を見たような、大変興味深い議論が巻き起こっているデンマークの様子について書いてみたい。

事の発端は、外国人・統合政策大臣であるMattias Tesfaye氏が、デンマークに滞在しているオペア(後述)を対象にした評価レポートに基づき、この制度を来年から廃止したいと考えているという意見を表明したことだった。

【オペアとは】
欧米で一般的に広まっている異文化交流を目的とした制度で、デンマークでは40年以上も前から導入されている制度。18歳から30歳の男女が最長2年間、オペアビザでデンマークに滞在できる。現地の子どものいる家庭に居住し、食事も賄われ、語学学校にも通える代わりに、家事や育児の手伝いをするというのが条件。デンマークでは、オペアは週30時間までの家庭内での労働が認められており、お小遣いとして月額4150クローネ(約67,000円、税引き前)をオペアの雇用主である家庭が支給しなければならない。

オペアの出身国と、この制度を利用している家庭についての調査結果によると、現在、オペアの約90%がフィリピン人であり、オペア雇用者の多くがシェラン島北部の高級住宅地を含む、年収2000万円以上の裕福な家庭だという。実態が明らかになるにつれ、この制度は異文化交流としてではなく、多忙を極める子持ち家庭が、オペアを家事と育児補助を担う安い労働力として、メイドのような形で利用しているということが明らかになった。そこで統合政策大臣は、この現状は元来の目的にかなっていないため、制度を見直すか廃止するのが妥当だと判断したのだ。


女性のキャリア保障とオペア

この提案に即座に不快感を示したのが、デンマークの大手新聞社(Berlingske)の女性編集長、Mette Østergaard氏だ。39歳のこの編集長は、離婚後、幼い子ども2人を育てる一人親で、仕事は多忙を極める。彼女自身、オペアの助けなしでは生活も仕事も回らないと語り、もし大臣がこの制度を廃止するのであれば、代わりの制度をすぐに準備してほしいと主張、自身の編集する新聞に大きな意見記事を載せた。

彼女の主張はこうだ。デンマークは他の北欧諸国、欧州諸国と比較しても、まだまだ管理職レベルでの男女平等が進んでいない。自分のような立場の女性が仕事に集中し、なおかつ家庭で子どもと過ごす時間を確保するためには、家事と育児をしっかり担ってくれる人材が不可欠である。また子どもの世話はいつも同じ人であることが子どもの福祉を考えても最適であり、急な発熱などにも同じ家庭に暮らすオペアはすぐ対応ができる。オペア制度はデンマークのキャリア女性の権利を支える要であり、この制度を廃止することは、女性の社会進出を阻むことにもつながるのだと。



ワークライフバランスを支えるのはオペアの仕事か

 この意見に対し、多くの批判も寄せられた。
そもそも月30時間の労働に対し、食事と住居がカバーされているとはいえ、月額67,000円(税引き前)という額はデンマークではあまりにも低い。これは労働者の搾取であり、制度の悪用である。家庭内で24時間対応できることを求めているのであればなおさら、それに見合った給与を支払うべきであり、それには制度を改良する必要があるという意見。また、オペアを利用している人々の年収を考えても、労働に見合った妥当な給与を支払う余裕もあるのだから、なぜオペア制度に頼る必要があるのかという意見。そして、キャリア志向の女性だけでなく、だれでも、多かれ少なかれ、幼い子どものいる家庭では仕事と家庭のやりくりは綱渡りで、それでも皆やっている。経済的に恵まれている人だけが、彼らにとっては安く使える制度があるのは不平等だという意見。平等主義的な批判だ。他の大手紙をはじめ、ディベート番組からSNSまで、今週はあらゆるところでこの議論が繰り広げられた。

 

権利の主張へのバッシングも

女性の権利を主張する声を女性自身が上げる時、その人個人にバッシングが集中するという傾向は、日本だけでなくデンマークでも見られる。「そんなにキャリアが大切なのなら、なぜ子どもを2人も産んだ(そして離婚した)のか」という批判を、実際に数多く受けたとØstergaard氏は語る。これだけ女性の自立が進んだ国であっても、こういう批判にさらされる状況はまだまだあるようだ。そういう意味では、この編集長が声を上げることはとても勇気がいることで、彼女もマスメディアに所属する人間として、もちろんそれを覚悟の上で挑んでいるのだろうが、それだけ社会にとって重要な問題だという認識なのだろう。


安定した家事・育児補助は貴重な労働だという事実

オペア制度を擁護する人々が一貫して主張しているのは、家事と育児補助をするオペアの継続性が高いことだ。フィリピン人の勤勉さや雇用主に対する忠誠心の強さも理由のようだが、同じように対応してくれる人は、デンマークではなかなか見つけられないことも、オペア制度に頼らざるを得ない理由なのだそうだ。デンマーク人は体調不良の場合は無理をせず休むし、仕事にやりがいを感じなければすぐに辞めてしまう。こういったことも、適任者を見つけにくい理由なのかもしれない。それに実際、デンマークの一般的な労働環境を知る人間であれば、24時間対応できる家事・育児補助の仕事は、とてもではないがオペアの小遣い程度の額面でやりたいと思う人はいない。

さらに、オペアの存在が素晴らしいと語る人々がよく言うことは、オペアたちが日々の家事を担ってくれるから、自分たち(デンマーク人)は子どもとともに時間を過ごすことができる、というものだ。ここでいう「子どもとの時間」には、朝夕の送り迎え、子どもが病気時の対応などは含まれないことが多い。こういった時間はオペアの担当である。家事のルーティーンワークや朝夕の送り迎えとは異なった、いわゆる「クオリティ・タイム」を、子どもと余裕をもって過ごすことができることを、オペア利用者たちはとても高く評価している。

ということは、実はオペアが担っている家事や育児補助は、雇用者側が想定している以上に価値のある仕事なのではないか。そして雇う側も、働く側も、その重要性に気づいていないのではないか。家事や育児は歴史的に正当な仕事として評価されてこなかった。今でも社会的に評価されず、自分でやるなら無報酬だ。さらにデンマークでは専業主婦は正当な立場として理解されていないから、評価も低ければ、それをプロとして担いたいという人も出てこないのかもしれない。そして、そういったことが外国からの安い労働力で解決しようという視点につながっているのかもしれない。


だれかの犠牲のもとに成り立つワークライフバランスはありなのか

キャリア志向の女性の権利やワークライフバランスを守るために、オペア制度は本当に必要なのか。または、それを支えるための新たな、より公正な制度を国として作るべきなのか、収入に応じて個別にサービスを買うという仕組みを確立すべきなのか。はたまた、男女のキャリアと家事・育児について考え方そのものを転換していく必要があるのか。

ワークライフバランスは、デンマークの大多数の人々にとって非常に重要なテーマであり、これを完全に個人の問題として扱うことはない。そして、そもそもこれは女性だけの問題でもない。Østergaard氏自身も、高収入であることとは無関係に、大臣には新しい制度を早急に準備してほしいという主張をしている。これは国レベルで議論する問題だという主張だ。現在は互いの主張が拮抗している状態。どちらも譲らない中で、大臣だけが沈黙している。今後の展開に注目が集まっている。

【参考】