子どもの性的虐待、イギリスは「時効なし」 被害者のために日本ができること

性暴力被害は「声をあげていい、声をあげるべきこと」
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(写真はイメージ)
RyanKing999 via Getty Images

性暴力の被害を受けた人の56%が、誰にも相談できていない。

警察や専門機関に相談した人は、全体の1割にも満たないーー。

2017年度に内閣府が実施した「男女間における暴力に関する調査」によると、性犯罪・性暴力被害者56.1%が「どこ(だれ)にも相談しなかった」と回答。被害者が選んだ相談先で最も多かったのは友人・知人(25.0%)、次いで家族や親戚(13.4%)で、警察や専門機関を選んだ人は全体の1割にも満たなかった。(平成30年版 犯罪被害者白書

性暴力被害を受けた人で、警察に相談した人の割合は全体の3.7%。専門の支援機関に連絡を取った人に至ってはわずか0.6%だった。

2017年には性犯罪に関わる刑法が110年ぶりに改正されたが、被害者支援にはいまだ多くの課題が残されている。性被害当事者が生きやすい社会を目指して活動する一般社団法人Spring(スプリング)代表の山本潤さんに、イギリスの国家的な取り組み(前編)に続き、日本の現状や課題について聞いた。

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一般社団法人Spring代表の山本潤さん
HuffPost Japan

被害者の約半数が「誰にも相談できない」日本

――2017年に性犯罪に関わる刑法が大幅に改正されました。「強姦罪」の名称は「強制性交等罪」に変更し、法定刑も厳罰化。女性だけだった被害者対象に男性も含まれるようになりました。一方で、「まだ見直しすべき点が多い」という声も聞きます。どのような点が不十分なのでしょうか。

まずひとつは「時効」です。日本の刑事訴訟では犯罪後、一定の期間が過ぎると公訴ができなくなるのですが、現状の公訴時効は、強制性交等罪は10年、強制わいせつ罪は7年です。

つまり、7歳のときに被害を受けた場合、17歳までに訴えないと刑事事件として扱ってもらえなくなるのです。とはいえ、17歳という年齢は、ほとんどの場合、親の保護下にある状態でしょう。弁護士に連絡を取るにしても、訴訟を起こすにしても、親の了承を得ないことには難しい。

仮に大人になってから受けた被害だとしても、じゃあ10年経てば訴えられるようになるのかというと必ずしもそうではありません。性暴力の被害者の4~6割はPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむといわれているくらい、精神的に大きなダメージを受けます。

日常生活に支障をきたすほどの精神疾患を抱えながら、被害を訴えるというところまで自分を回復させていくことは本当に難しいんですね。解離性障害のように、被害を受けたときの記憶がすっぽり抜け落ちてしまうこともあります。

ですから、「時効の期間内に訴えるべきものである」という風にはすべきではない。2020年には改正案の見直しについて議論する可能性が残っていますから、私たちSpringとしても時効の撤廃をはじめとした課題の改善を求めて活動していくつもりです。

性暴力被害は「声をあげていい、声をあげるべきこと」

――諸外国では「公訴時効」をどのように扱っているのでしょうか。

韓国では、被害者が未成年の場合は成人になるまで公訴時効が停止、13歳未満、身体的または精神的障害があるものは時効なしの仕組みになっています。

フランスやドイツは児童の性的虐待の場合は30歳まで時効を停止して、その後20年間訴えられようにしています。イギリスは時効がありません。被害者が「自分も声をあげよう」と決意するまでには、やはりなかなか時間がかかりますから。

「時間が経過してしまうと物的証拠がなくなってしまう」「証言する人の記憶が薄れてしまう」という声が必ずあがりますが、小児性虐待者の場合は記念品、あるいは戦利品として画像や被害にまつわるものをコレクションしているケースも多い。また、相手を信頼させるまでのやり取りの証拠が、SNSやメールなどで残っていることも。ですから、そういった理由を持ち出して「もう時効だから無理です」という現状は、被害者の権利を奪っていることと同じです。

ただ、それ以前に日本では性暴力に対して、「声をあげていいんだ、声をあげるべきことである」という認識が周知されていないんです。

――「性暴力を受けたことを、なぜ誰(どこ)にも相談しなかったのか」という問いに対して、「恥ずかしくて誰にも言えなかった」という回答が最多を占めています(平成30年版 犯罪被害者白書)。被害を受けた事実、被害者となった自分自身を「恥」だと思い込んでしまう。他の犯罪・暴力と異なる点だと感じます。

先日、性暴力刑法・被害者支援について学ぶためにイギリスに視察に行ってきたのですが、イギリスでは「性暴力の被害を受けた人が、専門機関からサポートを受けることは当然の権利である」という認識が国家公務員の間で周知されているんですね。

なぜかというと、性暴力被害者がPTSDやうつ病になる確率が高いこと、アルコールや薬物の依存症になる確率が高いこと、そして自殺率が高いことなどのエビデンス(証拠)がすでに示されて明らかにされているからなんです。

――たとえ体の傷が治っても、その後の人生を奪ってしまうほどの精神的苦痛がもたらされてしまう場合が非常に多い。

性暴力は被害者の人生に甚大なダメージを与える暴力であり、犯罪である。社会全体にそういう認識があるからこそ、被害者を積極的にサポートをしていく。そういうシステムが先進国ではすでにできあがっています。

「苦しい」「死にたい」「怒っている」という感情を抱える被害者が立ち直っていくためには、周囲のサポートが不可欠です。被害者本人のためにも、専門機関にアクセスすることの重要性がもっと広く知られるようになれば、と思います。

――日本でも性犯罪・性暴力被害者のための「ワンストップ支援センター」が42都道府県に設置されていますが、「数が足りない」「地域によっては整備されていない」という声もあります。

東京都内には性暴力・性犯罪被害の相談を24時間365日受け付ける「SARC(サーク)東京」や、「被害者支援都民センター」のような警察と連携して被害者をサポートする機関がありますが、ワンストップ支援センターと同様に、残念ながら一般にはあまり存在を知られていないかもしれません。

また、先ほどお話しましたが、歳月を遡っての被害は、警察に相談を受け付けてもらえない。取りこぼされてしまうことも少なくありません。そこをどう解決していくのか、ということが日本の性暴力被害者支援の課題のひとつだと思っています。

並行して加害者側の教育を

――被害者支援のための制度を充実させることと並行して、加害者側の意識を変えることも重要です。どういった方法が有効だと思われますか。

加害者に関してはまずは逮捕されているのか、いないのかでケース分類ができると思いますが、日本の場合は逮捕されたとしても、刑事訴訟の仕組みの中で加害者が被害者の話を聞く機会が少なかったのが、これまでの問題点だったと思っています。

2008年から被害者参加制度が適用されたことで、被害者の声を伝えることができるようになった。それはひとつの評価できるところだと思いますが、加害者にとっての「償い」という視点が考えられていないように思うんですね。

規定の処罰を受けて、それが済めば終わったことになる。でもその過程で加害者の認識や行動が変わるかといったら難しい。加害者に対する治療教育というものを、刑務所の中と外で一体となって進める必要があるのではないでしょうか。

一方、今、全国の自治体で「犯罪被害者支援条例」の制定が少しずつ進んでいるのですが、インターネット上の中傷を「二次被害」と定めて防止する動きが出てきているんですね。そういう風にルールを定めないと、社会の意識が進まないところはありますよね。

自治体や国がルールを定めること、周知させることも重要。それに伴って「そういうことをしてはいけないんだ」と人々の意識が少しずつ変わっていくと思いますから。若年層に人気のある芸能人を起用してのキャンペーンを展開することにも大きな効果があると思います。

(取材・文:阿部花恵 編集:笹川かおり)