「国がないことが、私を一番悩ませる」クルド人の少女が求める自由

「国を持たない最大の民族」であるクルド人。差別を逃れるため日本に暮らすクルド人の少女がいる。
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イメージ写真
Thang Nguyen Hoang / EyeEm via Getty Images

K-POPに夢中で、放課後は友達と「恋バナ」で盛り上がる。古着を買いに下北沢や原宿に行ったり、インスタグラムに制服姿のプリクラを投稿したり…。

Aさん(17歳)は、東京の街でよく見かける、そんな女子高校生の一人だ。

ただし、彼女が「クルド人」で、「難民」と呼ばれる境遇にいることを除いては。

クルド人は「国を持たない世界最大の民族」と言われ、少数派として中東地域で迫害を受けてきた。Aさんは10歳のとき、差別から逃れるため、家族とともに生まれ育った中東トルコから日本にやってきた。

「友達と原宿で遊んでいるときなんか、私ほんと日本人みたいだなって思うんです」

Aさんはそう笑いながら、ふと複雑な表情を見せる。

「でも私がクルド人であることは、変わりがないから…」

Aさんの中にはどこか、クルド人であることに胸を張れない自分がいる。祖国がなく、どこに暮らしても肩身の狭いマイノリティだからだ。

「クルド人に生まれていなかったら、自分の国があって、そこで自由に生きていけるのに」少女は視線をそらし、窓の外遠くを見つめた。

日本で身を寄せ合って暮らすクルド人

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夕暮れの蕨市
Thomas Peter / Reuters

埼玉県蕨市・川口市周辺には、日本最大の在日クルド人コミュニティがある。1990年代から、トルコ出身のクルド人らが住み始め、現在では約1500人が暮らす。

クルド人は独自の文化と言語を持つ民族で、トルコ、イラク、イラン、シリアなどにまたがる「クルディスタン」と呼ばれる地域に居住している。推定人口は3000万だが、いずれの国でも少数派の彼らは、差別や弾圧を受けるなど、苦難の歴史を歩んできた。

クルド人が最も多く住むのがトルコだ。1923年の建国以降、クルド語教育や民族衣装が禁じられるなど、徹底した同化政策が推し進められてきた。反発するクルド人の中から生まれた「クルディスタン労働者党」(PKK)は、分離独立を求めて、トルコ政府と30年以上も武装闘争を続けている。

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クルド人の居住地域
PeterHermesFurian via Getty Images

こうした背景から、難民として他国へ逃れるクルド人も多い。しかし日本では、彼らが難民として認められるのは極めて難しい現実がある。

日本の難民認定率はわずか0.4パーセント(2018年)で、他の先進国と比べても極端に低い。さらにクルド人については、難民認定された例は過去1件もない。日本政府がトルコとの友好関係を重視し、トルコ国籍のクルド人を難民と認めようとしないからだと言われている。

そのため在日クルド人の多くが、就労が認められなかったり、医療や教育を十分に受けられなかったりと、不安定な暮らしを強いられている。

Aさん一家は7年前、先に日本で暮らしていた親戚を頼って来日した。トルコでのクルド人弾圧がさらに激しくなることを見込んで「幼い子どもたちに安心に暮らせる環境を」という両親の決断からだった。

当時、小学4年生だったAさん。最初は全く分からなかった日本語も、小学校に通い始めるとメキメキと上達した。気付けば、両親がAさんの日本語を頼りにするほどになっていた。

日本にやってきて1年目、父親が心筋梗塞で倒れたとき、救急車を呼び、医師と母親のコミュニケーションを助けたのもAさんだった。

「トルコにいたときは、すごく泣き虫だったんです。嫌なことがあるとすぐに泣いて、逃げ出してしまう子どもでした。でも日本に来て、すごく強くなったと思います」

Aさんは現在、埼玉県内の高校に通う。生徒会に所属し、友人から恋愛や進路の相談を受けることも多いしっかり者だ。

「友達からは『外国人って感じが全然しないよね』って言われるんです」彼女はそう明るく話しながら、普段は打ち明けない心の内ものぞかせた。

「でも私は、日本人の友達を羨ましく感じることが多い。みんな、すごく自由なんですよ。私に比べると」

差別されることなく、安心して暮らすことのできる祖国。日本人の友人が当たり前に享受している自由が、クルド人のAさんにはない。

Aさんは「クルド人であること」に対して抱いてきた、心の葛藤を語り始めた。

「クルド語は聞きたくもなかった」。「クルド人」の自分を恥じる気持ち

国家を持たないクルド人にとって、民族独自の言語「クルド語」は最も大切なアイデンティティの一つだ。しかし、Aさんはクルド語を話すことへの抵抗が拭いきれない。

「お父さんから『クルド語を覚えなさい』と言われると、一応『うん』とは返事をするのですが、どうしても話す勇気が出ない。恥ずかしいんです。クルド人として、それがダメだということもわかっている。でも、どうしてもクルド語だけは出ないんです」

そこには、クルド人であることを「引け目」に感じてきた、これまでの経験がある。

Aさんが「クルド人」だと自覚したのは6歳のとき。幼いながら、家の中で時折飛び交う言葉がトルコ語ではないことに気付いていたが、ある日父親に「これがクルド語だよ。私たちはクルド人だよ」と教えられた。

トルコでは、クルド人だと一目で分かる名前。学校でトルコ人の先生が、自分の名前を見て、怪訝な顔をすることもあった。テレビでは、クルド人をめぐるネガティブなニュースを度々目にした。

気付けば、「クルド人」であることをどこか恥ずかしく思うようになっていった。

「両親がクルド語で会話しているのが嫌で、『喋らないで』と言ったこともありました。クルド人でいることがダメだと思っていたから、クルド語は聞きたくもなかったんです」

Aさんは、クルド語の曲を口ずさむことにすら抵抗がある。

「歌詞の意味は分からなくても、メロディが素敵だなと思うクルド語の曲がいくつかあって。でも、クルド語の曲を聴いているって両親に気付かれるのが嫌で、小さい頃から自分の中だけに秘めている。(両親に)『(娘が)クルド語を喋りたいと思うようになった』って思われたくないんです」

「国がないことが、私を一番悩ませる」

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イラク北部のクルド人自治区では2017年9月、イラクからの独立を問う住民投票が行われた
Ari Jalal / Reuters

Aさんは現在、6ヶ月ごとに更新される「特定活動」という在留資格で暮らす。

難民として認められない在日クルド人。正式な在留を許可されず、「仮放免」という不安定な立場で日本に滞在している者も多い。仮放免とは、不法滞在等で入管施設に収容されるところ、事情が考慮され、その収容を一時的に解かれること。仮放免中は、就労もできず、住んでいる都道府県から外に出るのも禁じられる。健康保険もないため、医者にかかることもままならない。

ただ、仮放免が認められないと、今度は強制送還のため入管施設に収容されることとなる。近年では収容が長期に及ぶことが多く、収容者の自殺やハンガーストライキが相次ぐなど人権の問題も指摘されている。

Aさんも在留資格を更新できなければ、仮放免になったり、収容されてしまう可能性もある。

「クルド人に生まれていなかったら、自分の国があって、そこで自由に生きていけるのに。そう思うと悲しくなってきます。国がなくても、自由に安心して暮らすことのできる国に住んでいたら、自分がクルド人だってことがこれほど嫌にならないと思います。今は、いつ仮放免になってしまうかもわからない状況。だからといって、トルコに帰っても困ってしまうでしょう?」。

Aさんを最も苦しめてきたのは「何人(なにじん)ですか」という質問だ。

トルコで「クルド人」と答えると、「テロリスト」という目で見られることもある。

一方で日本では、ほとんどの人が「クルド人」に馴染みがない。そんななか、ネットで「クルド人」と検索すると、併せて出てくるのは「難民」という単語だ。「難民で可哀想そうとは思われたくない」という気持ちから、「クルド人」と答えず「トルコ人」と答えてしまうことも多い。

「国がないことが、私を一番悩ませる」。Aさんはそう話し、クルド人の独立を願う。

「『クルドってどこですか』って聞かれても、指をさせない。独立したらやっと解放されて『自分はクルド人だ』って言えると思う」

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民族衣装を身にまとったクルド人女性=2012年9月 トルコ東部のヴァン県
funky-data via Getty Images

日本は外国人にとって生きやすい国ではない

Aさんは将来、外資系企業のキャビンアテンダントになるのが目標だ。中学校の担任からかけられた「世界で活躍する人間になりなさい」という一言がきっかけだった。そのため、今は英語の勉強を必死にし、専門学校への進学を目指している。

日本で安定した在留資格を得ることも視野に入れつつ、将来的には第三国に暮らす道も模索したいという。

日本語を流暢に話し、日本社会にも溶け込んでいるように見える彼女。一体なぜなのか。

理由を聞くと、Aさんは「日本は外国人にとって生きやすい国ではないから」と答えた。

彼女は、つい最近、街で遭遇したある出来事について話してくれた。

スーパーマーケットに買い物に行くと、店内で何人かのクルド人が集まって話していたという。その様子を見ていた日本人の店員の会話が、Aさんの耳に入ってきた。

「店員同士が『クルド人はすぐうるさくするし、買いたいのか買いたくないのかも分からない。ちゃんと見張っておいてね』と話していました。私はそれをすぐ近くで聞いていて、『やっぱりクルド人はこうやって思われているんだな』って感じました」

外国人にも日本人にも、良い人もいれば悪い人もいる。しかし日本では「外国人」という外見で判断され、個人を見てもらえないと感じることが多いとAさんは話す。

「マナーが悪い外国人がいると、『外国人はこうだよね』と冷たい目で見る日本人は多い。でも同じことを日本人がやってもそこまで責められません。そして一旦『外国人はこうだ』というイメージがつくと、それを拭えない。『外国人だし』と言われてしまうんです」

「日本は本当にグローバル化した先進国なの?」Aさんはそう投げかける。

だから私は世界で活躍しようと決めた

クルド人であるがゆえの苦難や理不尽さ。しかし、彼女はそんな境遇を嘆くのではなく、自ら道を切り拓こうとしている。

「世界で活躍したいならばクルド人であることは関係ないと思います。能力や才能があれば認められるから。だから、自分はどこかの国にとどまらず世界で活躍していこうって決めました。そしたらきっと、クルド人であることを堂々と言える日がくると思うんです」

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茶目っ気いっぱいの笑顔がチャーミングで、聡明な女性。Aさんの印象だ。

クルド人コミュニティには、Aさんのように、先の見えない不安定な暮らしを強いられている若者が多くいる。

もちろん外国人は在留資格を取得するべきだ。しかし一方で、個々の状況を鑑みた上で、日本で育った外国籍の若者を「育て活かす」という選択肢ももっと広く議論されてもいいのではないか。彼らの視点や経験はきっと、日本社会に多様性をもたらす貴重な財産となる。

「日本で生きていきたいとはあまり思えない」。遥か遠い国から、身を守るために逃げてきた若者にそう言わせてしまう社会。「ダイバーシティ(多様性)」という言葉が巷に溢れる今、その言葉の意味をもう一度見つめ直したい。