PRESENTED BY NHK「日本賞」

「テロリストの街」で生きる6歳児の姿が、分断社会に投げかけるもの。

現代の子どもたちは、かつてない混沌を生きている。共生のために本当に必要なものとは? 一つのドキュメンタリーが答えを提示した。
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日本賞2020年にて、青少年向け部門 最優秀賞 (外務大臣賞)を授賞しグランプリに選ばれたフィンランドの映画、「テロの街の天使たち ~ブリュッセル6歳児日記~」(ゾーン2ピクチャーズ)。
テロの街の天使たち ~ブリュッセル6歳児日記~

ヨーロッパを震撼させたテロ事件。その裏で子どもたちの日常は続く

「モレンビーク」という地名を聞いたことがあるだろうか。

EUのお膝元、ベルギーの首都・ブリュッセルの一角にある地区だ。ここにはモロッコ系の移民が多く居住しており、イスラム教徒の大きなコミュニティを形成している。

日本ではあまり知られていないが、ここはヨーロッパでは悪名高き場所となってしまっている。その理由は、2015年のパリ同時多発テロ、2016年のベルギー連続テロ事件など、ヨーロッパを震撼させた一連のテロ事件の容疑者を輩出してしまったこと。欧州におけるイスラム過激派の拠点、「テロリストの街」として一躍有名になってしまったのだ。

そんな中、このモレンビークを舞台に、そこに住む6歳の子どもの視点から日常を描いたドキュメンタリー映画が制作された。『テロの街の天使たち〜ブリュッセル6歳児日記〜』(原題:Gods of Molenbeek)だ。

フィンランド出身のアトスはギリシャ神話に夢中で、ヘルメスやポセイドンなど神様のコスプレをして遊ぶのが大好きな男の子。同じ集合住宅に住む親友の男の子、アミンはモロッコ出身のイスラム教徒の家庭で育ち、モスクに通っている。また、自然の中で遊ぶのが好きな女の子のフローは、アトスに向かって「神様なんていない。信じちゃダメ。神様を信じるとみんなクレイジーになる」とませたことを言う。

「神様っていると思う?」「イスラム教徒って何?」「君の神様は?」──子どもたちは日々の遊びの中で問いを繰り返しながら、互いのストーリーを語っていく。映画では大人の視点が徹底して排した演出がされており、子どもたちが自分の心の底から湧き上がってくる純粋な疑問を素直に言葉にする姿が見る人の胸を打つ。

大人が正解を提示できない時代

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ポセイドンのコスプレをして遊ぶアトス
テロの街の天使たち ~ブリュッセル6歳児日記~(ゾーン2ピクチャーズ)

テロ事件と関連して大々的にニュースで報道されることで、モレンビークに住むイスラム教徒は不名誉なイメージに苦しんでいる。当然ながらIS(イスラム国)の息がかかったイスラム過激派は一部で、大半のイスラム教徒はテロとは関係なく平和的な日常を営んでいるからだ。

『テロの街の天使たち〜ブリュッセル6歳児日記〜』においても、デモをする大人たちの姿がアトスの目線で映し出される。「ISは出て行け。モレンビークはお前たちのものじゃない。テロと憎しみに連帯して立ち向かおう」。

異なる宗教や信条が入り混じる中で、これが正しいのだ、という正解が彼らに提示されるわけではない。混沌とした大人たちの社会の片隅で、作中の子どもたちは日々ささやかな学びを得ながら成長していく。

この作品は、世界中の教育コンテンツを表彰するアワード「日本賞」で今年、グランプリを獲得した。11月5日、オンラインで開催された授賞式で監督のレータ・フフタネン氏は「6歳の2人の姿を通して、白黒つけずにいろんな文化が共生できる、ということを学べると思う」「話し合うことはとても重要だと思います。話し合いをしなければ恐怖が生まれてしまう」と語った。

ブラック・ライブズ・マターが世界に投げかけたもの

奇しくも、日本賞の授賞式が開催された11月5日は、アメリカ大統領選挙の真っ只中だった。まだ投票が未開票であるにも関わらず、トランプ大統領が一方的な「勝利宣言」をし、票集計の停止を求める訴訟を起こすなど波乱を巻き起こしていた。

今回の大統領選の大きな争点の一つになっていたのが、トランプ政権下で加速していた人種差別問題だ。ミネソタ州でジョージ・フロイドさんが警察官に殺害されたことをきっかけに過熱化し、黒人の差別是正を求めるブラック・ライブズ・マターの動きが世界中のブラックコミュニティへと伝播していった。

日本賞でもこのムーブメントを受けてか、今年、世界55の国、地域から282の作品と企画がエントリーされた中で、「多様性」について改めて子どもたちに伝えようとする作品が目立ったという。11月1日から開催された関連のセッションでは、多様性について様々な意見が交わされた。

子どもたち主導のドキュメンタリー制作を支援するアメリカのNPO、「BYkids」のホリー・カーターさんは、日本賞のセッションの中で次のように語った。

「私たち人類がまだ洞窟に住んでいた頃、焚き火を囲んで、居心地の良い場所でストーリーを共有していたはずなんです。大切なのは、『ハロー、私の名前はホリー、私のストーリーはこう。あなたのストーリーはなんですか?』 と聞けることだと思います」

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「【セッション】多様性を考える」に参加したホリー・カーターさん(画面左)。会場でのモデレーターは長谷 英里子(NHK制作局チーフ・プロデューサー)、ゲストに鈴木 茂義さん(公立小学校非常勤講師 / 上智大学文学部非常勤講師)
Japan Prize 2020
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「BYkids」による「WALK ON MY OWN FILMS BYKIDS」。女性器切除と児童婚の慣習を公的に禁止したセネガルのコミュニティに住む13歳の少女がディレクターを務めた。
BYkids - Their World, Their Films

子どもたちが教えてくれる、分断を乗り越えるための方法

新型コロナの影響で国によってはロックダウン体制が敷かれ、未曾有の事態で子どもの教育の状況が大きく変わった。そんな中で、今年の日本賞では、エントリーされた作品そのものの魅力だけでなく、制作者たちの教育にかける熱い想いが印象的だった。

人種、宗教、経済状況、住んでいる場所、社会的・政治的な立場、性的指向、あらゆる場面で「違い」を持つ人間が分断を乗り越えるために必要なこととして、ホリー・カーター氏をはじめ制作者たちが心から信じているのは、「ストーリー」が持つ力だということだ。

自分のストーリーを語る勇気と、人のストーリーを聞く寛容さ。この2つを人類全員が実践したとき、私たちは初めて多様性が実現された社会を目撃するのかもしれない。

白黒はっきりつけないと人間は共生できないのか。そんなことはないはずだ。『テロの街の天使たち〜ブリュッセル6歳児日記〜』で、アトスとアミンは「イエスは神の子だよ」「違う、イエスは預言者だ」と、それぞれの家族の持つ習慣・宗教観から違う意見を表明し合い、時に喧嘩を交えながらも友情を深めていく。自分たちのストーリーを語り合う子どもたちの姿を、この作品は映し出したのだ。

共生をどう実現するか、大人でも答えが出せていない中で、それでも彼らは生きていかなければならない。彼らの未来に希望の光を灯せるかは、教育を提供する大人たちにかかっている。

最後に、11月2日に開催された日本賞の「コロナと世界の教育メディア」のセッションの中で、南アフリカ放送協会のジャクリーヌ・ヒョンワニー氏とチリジ・ダバナ氏が引用したネルソン・マンデラの言葉を紹介したい。

“教育は、世界を変えるために使うことができる最も強力な武器だ。”

▼11/1〜11/5に日本賞で開催されたセッションの様子はこちらから
▼『テロの街の天使たち〜ブリュッセル6歳児日記〜』を含む日本賞の受賞作品は年末年始にEテレで放送予定